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第8話

「3、2、1、出て! サム、OKだよ!」 「ぷはっ…イテテテ…目が…目が染みるッ…!」 チャーリーがカスティエルからされたように、ぬるま湯に死海の塩を混ぜた風呂に沈んでいたサムが風呂から飛び出して叫ぶ。 チャーリーが蓋を開けたミネラルウォーター入りの2リットルサイズのペットボトルをサムに渡す。 「キャスがいないからね。 ほら目を水で流して!」 「サ、サンキュ…」 「じゃあ私は一旦風呂のお湯を流して、ディーン用の塩風呂を作る!」 「えぇ!?」 サムが真っ赤な目に水を流しながら素っ頓狂な声を上げる。 「ディーンは脳震盪で気絶してるんだよ? あと数時間は動かさない方が良いと思うし、目はどうする?」 チャーリーがテキパキと動きながら、サムに喝を入れるように断言する。 「コラッ!戦友!しっかりしてよ! この死海の塩の量だって私の味覚で測った曖昧な量なのよ? ちゃんと効くのかも分からないし、効果を確かめる為にも時間がいる! やり直すとしたら足りないくらいよ!? ディーンはなるべく動かさないようにお湯に沈めればいいし、目の方は瞼にセロテープを貼って強制的に開けて置けばいい!」 「ほ、本物の拷問だよ…それじゃ…」 チャーリーがギロッとサムを睨む。 「だから拷問だって私が言ったじゃん! ディーンが起きるのを待ってられない! あ、息苦しさか目の痛みで起きるかも!?」 やっぱり拷問だ…とサムが内心思っていると、チャーリーが「ねえ、セロテープどこ!?」と怒鳴る。 サムがふとチャーリーに目を向けると、仁王立ちしたチャーリーの足元に全裸のディーンが寝そべっていた。 「チャーリー、仕事は早っ! ていうかせめてタオルで前を隠してあげないと…」 「サム!あんただって裸だってこと、忘れてない!? どうせ裸にして沈めるんだからタオルなんて必要無い! それより瞼に貼るテープどこ!?」 「チャ、チャーリー…セロテープは流石に兄貴が不憫過ぎるっていうか…」 「可哀想だ」と涼やかな声がして、サムとチャーリーが声のした方に目をやる。 そこには眩しく輝く金髪を腰の下まで垂らし、その金髪に比べれば添え物の様な純金で数々の宝石に飾られたティアラの様な王冠を被り、真っ白な古代ローマの神官の様なローブで身を包み、四角い純金が連なったやはり数々宝石で彩られたの長いネックレスと長剣を腰に指し、なめしたばかりの様な皮の編み上げサンダルを素足で履いた長身で逞しい男が立っていた。 「ちょ…誰!?てか目がチカチカする…!成金趣味の極みじゃん!」とチャーリーが言えば、サムは「シャルル…なのか…?」とポツリと言った。 シャルルが彫刻のように美しい顔を崩して笑う。 「そうだ。 驚いたか?サム」 「お、驚いた…血はどうした…?」 「鎖が取れたのでまじないで身を洗浄した。 あれでは見苦しくて君達に失礼だろう?」 「まじない…? あの部屋はまじないは効かない。 本当はどうやった?」 「本当だよ。 ただ歩いて廊下に出てまじないを使っただけだ。 ついでに私が地上に降り立った時に汚してしまった物も浄化した」 その時、チャーリーが「ちょーっとストップ!話が見えない!サム、まずこの人は誰!?」と大声を出した。 サムが口を開こうとすると、シャルルがチャーリーに向かって微笑む。 「君が私の恩人だな。 倒れていたところを、君が助けてくれたのだろう? ありがとう。 感謝している」 「……!! あの血塗れの妖精王!?」 かな切り声で叫ぶチャーリーに、シャルルは微動だにしない。 「そこのサムには話したが私は妖精王では無い。 妖精王の弟のシャルルだ。 君の名前は?」 「……チャーリー・ブラッドベリよ」 「私はシャルルと呼んでくれ。 チャーリーと呼んでも?」 「い、いいけど…」 シャルルが優雅な仕草で右腕を腹部に廻しお辞儀をする。 「寛大な許しに感謝する。 ところでサム。 清めの儀式を行ったのか?」 サムがハッとすると「チャーリー!バスタオル投げて!ディーンにも掛けてやって!」と大声を上げる。 「はいよ!」 チャーリーがサムにバスタオルを投げ、受け取ったサムが下半身を隠し、チャーリーがディーンの身体にもバスタオルを掛けて覆う。 シャルルがそんなチャーリーとサムを見て微笑むと「清めの儀式は成功していない」と、アッサリと言った。 サムとチャーリーは余りのことに、口をパクパクさせるだけで言葉が出ない。 シャルルは微笑んだまま続ける。 「チャーリーは完璧に成功している。 しかしサムは全く成功していない。 死海の塩の分量を間違えているし、時間も60分より多い」 チャーリーが「あれくらいの塩辛さだったんだけどなあ」とポツリと呟くと、シャルルが鈴の音の如く声を上げて笑った。 「味見をして死海の塩の分量を決めたのか? チャーリーは楽しい人間だな」 サムが頭を抱えて「あの辛さは全て無駄だったのか…」と打ちひしがれていると、シャルルが手のひらをサムに向けた。 「…なに?」 「手を乗せて」 サムが不思議に思いながらもシャルルの手のひらに手を乗せた瞬間、目の痛みも腫れも消え去った。 「……え?何で…?」 シャルルがニッコリと笑う。 「君は浄化された。 さあ次はディーンだ」 『ディーン』という単語に、サムが一気に現実に戻る。 「シャルル! 本当に僕は浄化されたのか!? でも君が見えてる!」 チャーリーも「そう言えば私も!」と声を上げる。 シャルルは笑顔のまま二人を見る。 だがその笑顔には、逆らえない『凄み』があった。 思わずサムとチャーリーが息を呑む。 「私が見せたいと思っているからだ。 私が見せたく無くなれば見えなくなる。 そんなことより早くディーンを浄化してやろう」 シャルルはスタスタとディーンに近寄ると、跪く。 すると全裸のディーンを少しは隠していたバスタオルが、ふわりとひとりでに飛んでいった。 サムとチャーリーが目を見開く。 シャルルはディーンの左手を掴むと手の甲にキスをする。 その瞬間、ディーンの身体に着いていた血が消え、ディーンがパチリと瞳を開ける。 「ディーン、私のラ・ピュセルよ。 気分はどうだ?」 ディーンはしかめっ面をすると「あんた誰だ?」と言った。 ディーンが目を覚ますと、サムとチャーリーも我に返った。 ディーンも全裸だがサムも真っ裸にタオル一枚だし、サムに清めの儀式を行っていたチャーリーもずぶ濡れだ。 サムはとりあえずシャルルをリビングに案内すると「ここに座ってじっとしていてくれ。直ぐに戻る」と言うと、ダッシュで自室に行き着替えた。 ディーンもサムから「兎に角、服を着てから話そう!」と言われて、自室に戻って着替えた。 チャーリーも同じだ。 サムが息を切らしてリビングに戻ると、シャルルはサムに言われた通り、静かに椅子に座っていた。 「お待たせ! 何か飲む?」 サムを見上げて微笑むシャルル。 「ではお茶を」 「…えーと紅茶ってことかな? あったかな~」 ブツブツ言っているサムを押しのけ、トレーにティーセットを乗せたチャーリーがやって来た。 「妖精と言ったらハーブティーでしょ! シャルルはフレーバーティー飲める?」 シャルルがクスッと笑う。 その笑顔にサムとチャーリーが思わず見蕩れる。 「フレーバーティーではこの世界では何が入っているのか知らないが、チャーリーの折角の好意を無駄にしたく無い。 頂こう」 「あ、そ、そうなんだ。 じゃあ…」 ギクシャクとお茶の用意をするチャーリーをサムが手伝う。 「チャーリーは女の子が好きなんじゃなかったの?」 コソコソ話しかけるサムにチャーリーもコソコソ答える。 「そうよ! でも彼の美貌は男女なんて性別を超えてる! 私はディーン以上に美しい男っていないと思ってたんだけど、ディーンと同じくらい美しいわ! でもディーンもあの正装みたいなカッコをさせれば…」 「俺が何だって?」 そこにビールを四本持ったディーンが現れた。 ディーンはパッパと四本のビール瓶を適当にテーブルに置くと、椅子にドカッと座りビールをぐびぐびと飲み出した。 「ちょっとディーン!」 サムとチャーリーの声が重なる。 ディーンは全く気にする様子も無く、「サミィ、早く話せよ。まずこの金ピカ兄ちゃんは誰だ?」と言って、シャルルの前にもトンと瓶ビールを置く。 シャルルはじっと瓶ビールを見ている。 「ディーン…シャルルに瓶ビールは無理なんじゃないかな…」 サムがおずおずと言い出すと、シャルルが「大丈夫。チャーリーのハーブティーとディーンからの瓶ビールを頂くよ」と言って嬉しそうに微笑んだ。 サムは地下の監禁部屋からディーンを助けたこと、シャルルから聞いた話、清めの儀式の失敗をシャルルが助けてくれたことなどを順序立てて話した。 ディーンはサムの話が終わるまで一言も口を挟まなかった。 「僕の話はこれくらいかな。 ディーン、何か質問ある?」 サムがそう締めくくると、ディーンはサムでは無くシャルルを真正面から見据えると、ドスの効いた声で「ある」と答えた。 その場の空気がピリッと緊張を孕む。 「サムと俺を助けてくれた礼は言う。 だけどそもそもの原因はお前だってことを忘れんな。 それとこのシャルルってヤローは嘘つきだ。 キャスは血塗れのシャルルを見て、迷いなく妖精王だと言った。 キャスは天使だ。 格下の妖精なんかを間違える筈がねえ。 シャルルは妖精王の弟じゃなく、妖精王本人なんだ。 嘘をついて、それを俺達に隠している。 何故なら隠さなきゃならない理由と目的があるからだ。 信用出来ねえ!」 シャルルが冷えてしまったフレーバーティーを一口飲むと、「サムの話の通り、目覚めてから色々あって私の事情を話す時間が無かった。きちんと話そう」と微笑んで言った。

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