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第7話

砕けた鉄の手錠と鎖はまるで弾丸のように四方八方に飛び散る。 それと同時に、ズシンズシンと地の底から突き上げるように部屋が揺さぶられる。 ディーンとサムとチャーリーは頭部と顔を両手で守りながら出口へと向かう。 「チャーリー!走れ!部屋から出ろ!」 ディーンの怒鳴り声にチャーリーは必死に扉へ向かって走る。 ディーンとサムは書棚を左右から全力で閉めようとするが、鎖の欠片がレールにはまってしまっているらしく、中々閉められずにいた。 ディーンが「クソっ!サム支えてろ!」と言って、しゃがんでレールを確認していた時、ディーンの頭に鎖の欠片が当たった。 飛び散る赤い飛沫。 ディーンが前のめりに倒れる。 「ディーン!」 サムの叫び声がかき消される。 突然閉まった左右の書棚がぶつかり合った音で。 そして部屋には静寂が戻った。 チャーリーが恐る恐る扉の外から「…終わったの?」と言う。 サムが振り返る。 サムは何とか冷静に言った。 「チャーリー、上の部屋に行くんだ。 ここには絶対に戻って来るな」 「でも…ディーンは?ディーンはどこ?」 「ディーンは書棚の向こうの監禁部屋だ。 頭に鎖の欠片か何かが当たって前のめりに倒れた。 書棚を開ければディーンを助け出せる。 大丈夫だ」 「でもっ…でもっ…」 チャーリーの大きな瞳から涙が零れる。 「その書棚…ひとりでに閉まらなかった…?」 サムはぐっと拳に力を込めながら、笑って答える。 「チャーリーにはそう見えたかもしれないけど、レールにはまってた鎖の欠片をディーンが取ったんだ。 だから閉まったんだと思う。 さあ、行って!」 「う、うん!」 チャーリーが駆けていく足音が聞こえなくなると、サムは書棚に向かった。 書棚はすんなりと開いた。 サムが拍子抜けしていると、「お前は人間か?」という涼やかな声がした。 サムが用心深く監禁部屋の中を覗くと、血塗れの男がうつ伏せのディーンを抱えて座っていた。 男は頭から爪先まで正に『血塗れ』なので顔も良く分からなかったが、冬の青空のような冴え切ったブルーの瞳を見開いていた。 サムが何とか「そうだ。僕は人間だ。君は?」と訊くと、男は落ち着き払った声で「私は妖精だ。ではここは地上なんだな?」と聞き返してきた。 「そうだよ。 アメリカのカンザス州だ。 僕はサム・ウィンチェスター。 君は?」 「私の名はシャルル。 妖精王の弟だ。 なぜ私はここに? それにこの人間は誰だ?」 サムがハッとしてシャルルに駆け寄る。 そしてシャルルの手からディーンを奪う。 「ディーン! 起きろ! 起きてくれ! ディーン!」 サムがディーンを腕に抱き頬を軽く叩くが、ディーンはピクリとも動かない。 ディーンの顔や頭はシャルルの血を浴びていて、鉄の鎖の欠片が当たった跡があるかどうかも分からない。 「まさか…身体にも当たったのか…!?」 サムがディーンの身体を手のひらで確認しているとシャルルが静かに言った。 「彼は額に鉄の欠片を受け、出血し倒れた。 出血は大したことは無いが、人間で言うところの『脳震盪』という状態にある。 動かさない方が良い」 サムがキッとシャルルを睨む。 「ディーンは頭を打ったんだな?」 「その言い方は正確ではない。 正しくは鉄の欠片が額に当たり、私に向かって倒れ込んで来た」 「……あの鉄の鎖の欠片を飛ばしたのはあんたの力か?」 「そうとも言えるしそうでないとも言える。 鉄は妖精の王族にとっては毒のような物だが、私の血が芯まで染み込んで鉄は鉄で無くなった。 だから私の身体から解き放った。 それだけだ。 私の質問にも答えて欲しい。 なぜ私はここに? それにその私に向かって倒れて来た人間は誰だ?」 「……あんたはここから数十キロ先の道路に倒れていて、僕の友達が助けてここに運んだ。 この人間はディーン。 僕の兄貴だ」 「助けて?」 フフっとシャルルが笑う。 血塗れの顔にブルーの瞳と白い歯だけを見せて。 背筋が凍るような冷たい笑みだった。 「鉄の手錠をかけ、鉄の鎖で身体を縛る。 そして恐らくまじないのかかっている部屋に置き去りにした。 それは助けた事になるのか?」 サムも負けじと言い返す。 「仕方無いだろう! 僕達の友達の天使があんたの正体を見極めた。 あんたは肉眼では見えなかったが、スマホのカメラ越しに見えた。 普通の人間じゃない証拠だ。 それにあんたは妖精王で、僕達はあんたの血に触れてあんたが見えるようになると、生きながら幽霊になると天使に言われた! だからあんたを助ける為にあんたの血に触れた友達にしかあんたの姿は見えなくて、その子は死海の塩で清めの儀式をしたよ。 それに妖精王が地上に来る事は殆ど無いし、あんたを傷つけられる者も居ない筈なのにあんたは血塗れで意識不明。 天使の友達が妖精の世界であんたの事情を調べるまで、危険だから近付けなかったんだ!」 シャルルは目を丸くしたかと思うと、楽しそうに笑い出して言った。 「その天使は兄と私を見間違えたんだな。 私達は男の兄弟が三人と姉妹が二人の五人兄弟なんだが、男の兄弟は三つ子のように良く似ている。 妹達も二人はそっくりだ。 それと血に触れなければ見えないのは兄の妖精王だけでは無い。 妖精王の直系は皆そうだ。 だが、今、君は私が見えている。 そうだろう? 急がなくていいのか?」 サムが反射的に自分の手を見る。 サムの手は血で濡れている。 ディーンに至っては顔も手もどこもかしこも血に塗れていた。 サムは「ここを動くなよ!」とシャルルを指差すと、ディーンを抱えて監禁部屋から飛び出した。

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