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託された刀_伍

 話を聞き終え、輝義を残し平八郎と正吉は天安寺を後にする。  暫くは黙ったままの二人だったが、ぽつりと平八郎が「何故、俺なんだろう」とつぶやいた。  剣術も得意でないし、立ち向う勇気と強さも持たない。そんな者に幻妖と戦う力を授けるなんて。  自分が八を継ぐ子だと言い残した祖母を恨んでしまいそうになる。 「俺に幻妖を切れというのだろうか?」  腰の剣を鞘ごと抜いて握りしめる。 「なぁ、正吉。俺はどうしたらいい?」  これを自分一人で背負うには重すぎる。  正吉に話をふったのは、危ないことはしなくていいと止めて欲しいからだ。それなら逃げたのではなく止められたからだと言い訳もつく。 「俺ァな、おめぇさんにそんな真似をさせたかねぇよ」  欲しい言葉を口にする正吉に平八郎は安堵する。そうだ、自分の命を危険にさらしてまですることではない。  だが、その後に続く言葉に平八郎は愕然とした。 「でもな、それがおめぇにしかできねぇことなら、逃げずに立ち向わねぇとな」  真っ直ぐと見つめる正吉の視線は強く。本気で言っているのだと平八郎はたじろぐ。 「そんな……、お主は俺がどうなってもいいというのか!」 「そんなこと、一度だって思ったことなんかねぇよ。一人で危険な目になんてあわせねぇ。平八郎のことは俺が命にかえてでも守ってやらぁ」  それなら立ち向えるかと平八郎の手を握りしめる。正吉の言葉は胸を熱くさせ、ずるい考えをしていた自分が情けない。 「俺は卑怯者だな。一人じゃ無理だと泣きついて正吉を巻き込んだ」  正吉の胸のあたりに頭をもたれさせれば腕が背中に回り抱きしめられる。 「今更だってぇの」  額を軽く叩かれムッとしながら見上げれば、笑っていた正吉の表情が真剣なものへとかわる。 「平八郎、俺はおめぇの盾になってやるよ。だから戦え」  と言われ逃げようとしていた気持ちに力が湧きあがる。 「あぁ。頑張ってみるよ、俺」  そう決意した目を見せれば、よしと正吉が平八郎の頭を乱暴にかき混ぜるように撫でた。  正吉に家まで送り届けてもらい、自室の縁側で父親からの書簡を読み始める。  真っ直ぐに人で非ず者に立ち向かう姿は勇ましく格好いけれど、私は母のしていたことが嫌だった。何故、普通の母ではないのだろうと思ったほどだ。  怪我をするあたびに、もうやめてほしいと何度も申しあげたが、母に「自分がやらず誰がやるのだ?」と説得され、結局はまた送り出してしまう自分がいる。強く引き止めることができない自分が情けない。  母親の能力を兄弟たちは誰も受け継がず、八としての役目も終わるのだろうと思っていたのに、母上が亡くなる前に残した言葉に愕然とした。まさか自分の三番目の男の子に八が受け継がれるとは。  自分の子に母上のようなことをしろと言うのだろうか? だが運命には逆らえぬことも解っていた。わしは母上の言いつけ通りにその子に「八」の名をつけた。  可愛い笑顔をわしに向け、父上、父上と甘える平八郎を見る度、真実を告げることを後回しにしてしまう。  こんな残酷な運命を平八郎に負わせたくはなかったから。だが本当は真実を告げて平八郎に恨まれるのが怖かったからなのかもしれない。二度と自分に可愛い笑顔を向けてはくれなくなるかもしれないと思うと。  情けなく弱いわしをゆるしてくれ、平八郎。こんな運命を背負わせることになってしまったことをそしてわしの口から真実を告げずにこの世からいなくなることを。  そう締めくくる手紙。平八郎は父の想いと本心を知り、それを胸のあたりで握りしめる。  父もつらかっただろう。そう思うと恨むことなど出来ない。 「……父上、俺は戦います」  空を見上げ、自分を見守っていてくださいと心の中で思う平八郎だった。

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