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兄と幼馴染_拾
<晋>
すべて覚えている。抑えきれぬ欲が平八郎を襲い、その身体を汚そうとしたことを。
あの時の自分はどうかしていた。血のつながりはなくとも弟なのだといいながらも、そういう目でみていたということなのだから。
家族だと傍にいる資格などない。もう、兄として平八郎に合わせる顔がない。
目を覚ませばそこは自室で、布団の上へと寝かされおり、傍には忠義の姿があった。様子がおかしかったからと心配して来たのだという。
「そうか、すまぬな」
心配してきてくれたのは嬉しいが、今は忠義とも顔を合わせたくはなかった。正吉が言っていたことが胸につかえているからだ。
「晋さん、具合が悪いのか?」
「いや、なにもない」
会話が途切れてしんとなる。どうしたものかと忠義が様子を窺っている。
このまま正吉のことをもやもやさせて剣術の稽古へ行っても身に入らないだろう。それならと意を決して口にする。
「お主は正吉が道場に来ていたことを知っているな」
晋は忠義を真っ直ぐと見れば、気まずそうにうなずいた。
「あぁ。今は兄に指導を受けている」
四つ上の信孝の剣術の腕に憧れている。西のほうで修業をしていたのだが、つい最近帰ってきた。
手合わせをしたいと何度も頼んだが、出稽古で忙しく道場にいることはあまりく、その願いは今だ叶っていない。
肯定だけではなく、聞きたくないことまで知ってしまった。
「ふざけるなっ。皆、なぜ、俺ではなく正吉を選ぶんだ!」
忠義の胸倉をつかみ激しく揺さぶる。
今ここに怒りの矛先をぶつける相手が忠義しかおらず、八つ当たりをする。
「なぁ、俺ではだめなのか? 答えよ」
「俺は、晋さんが一番だ」
「嘘を言うな。それならなぜ、黙っていた」
「ごめん、晋さん」
きっと晋には黙っていろと言われたのだろう。薬屋の息子が剣術を習うなんておかしいと言いだすから。
それに、父と師匠に言われたことを忠義は守っていただけだ。
「いや、謝るな。お主は何も悪くないのに」
悔しい。
はたから自分など用なしだった。
「晋さん」
忠義の腕が晋を強く抱きしめる。自分より五つも下だというのに、ずっと大人だし優しい。
「なぁ、忠義」
「はい」
「正吉ときちんとした勝負をしたい。立ち会ってくれぬか?」
平八郎に知られぬように勝負をしたいと申せば、忠義はわかったと頷いた。
それから二日後。道場で忠義立会いの下、正吉と勝負をした。
結果は無残なものだった。相手にすらならなかったのではないかと思う程に。
「くそッ」
自分の中でけりをつけるつもりだったのに、自分の弱さに悔しさばかりが残る。
「晋さん」
そんな自分を心配して傍へとくる忠義に、近づくなとばかりに竹刀を投げつける。
「放っておいてくれ」
そういうと力なくふらふらと道場を後にした。
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