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<宿敵に託す思い>  胸が押しつぶされるようなそんな感覚を払拭するべく、更に剣術の稽古に身を入れるようになった。 「晋さん、ちゃんと体を休めておいでか? この頃ひどく顔色が悪い。それに体も細くなっているようだが……」  止めようとするその腕を振り払い、壁に向かい素振りをし始める。  八つ当たりだということは解っている。だが色々な感情が入り混じり、自分を心配してくれる忠義へとぶつけてしまうのだ。  その行為が自分を情けないと思わせる原因ともなっていた。  だから関わらないで欲しい。そう思うと忠義を見ない、無視をするという方向へといってしまう。 「晋さん、お願いだから俺を見てくれ」  苦しむように呟くその声に、一瞬我に返ったかのように忠義を見れば、見てくれたことが嬉しいとばかりに満面な笑顔を見せる。  その顔を見ると自分がどれ程心配をかけていることに気づかされ、情けなくなる。  なんて悪循環なのだろうか。  忠義のわきをすり抜けて他の場所へと移動する。そんな晋を見つめる忠義の視線を感じて前襟をぎゅっと掴んだ。  平八郎に対しての罪の意識、正吉に負けた悔しさ、そして忠義に対しての仕打ちが晋の心を蝕んでいく。  この頃は飯も喉を通らず睡眠もあまりとっていないし、そんな体調の中で稽古ばかりしているせいで疲労がたまっている。  だが、何かをしていないと余計なことばかり考えてしまう。無理をし続けた結果、稽古中に道場で倒れてしまった。 「晋、お主らしくもない」  心配するような、そんな表情を浮かべて輝定がそう言う。 「すまん、兄上」  忙しい兄に迷惑をかけた挙句に心配をかけてしまったことを申し訳なく思う。  考えたくなくて逃げていた結果がこれだ。 「まぁよい。正吉を呼んである。診察を受けよ」 「正吉を、ですか?」  今、誰よりも一番に会いたくない相手である正吉から診察を受けよという輝定に、 「俺は大丈夫だから、正吉に帰るように言ってくれ」  強く拒むように言う。だが輝定は駄目だと首を横に振る。 「俺の言うことが聞けぬと申すか?」  静かな口調だが、その声音には拒否することを許さないと言わんばかりの厳しさを感じる。  本気で晋のことを心配している。真剣な眼差しから兄の気持ちが伝わってきて、心が温かくなった。  会いたくないという感情も元はと言えば自分が仕出かしたことに対する罪の重さから。そして、負けたことに対する自尊心からだ。  これから先、此処にいる限り正吉とずっと会わずに過ごすことなど出来ないのだ。 「すまぬ、我儘を言って」 「よい。では正吉を此処に」  使用人に声をかけ、輝定は部屋を後にする。  それから暫くして正吉が晋の部屋へとやってきた。  あんなことがあった後だ。正吉とて晋と顔を合わせるのは嫌だろう。  だがそれをうまく隠し、医者として晋の体を触診する。 「相当疲労がたまってます。精力のあるものをたべて、ゆっくりと養生してください」  よく眠れるようにと粉薬の入った袋を晋に手渡した。  診察が済んだので片づけを始める正吉に、 「嫌だったろう、俺と顔を合わせるのは」  そう言葉を投げかければ、真っ直ぐに晋を見つめ。 「医者として答えるならば患者を診るのは医者の役目ですので気になりません。ですが個人的な意見を言わせえてもらうのであれば……」  一旦、そう言葉を止め。いつものように砕けた口調へとかわる。 「あんたが平八郎にしでかしたことは一生忘れねぇだろうよ。今でも許せねぇよ。でもな、平八郎が許すって言ってんだ。だから俺がいつまでも怒ってる訳にゃいかねぇよ」  今でも晋を見ると溢れそうになる怒りを抑えるのだけで手一杯でなんだと苦笑いを浮かべる。 「それが普通だ、正吉。そう簡単に割り切れるものじゃない」  晋とて同じなのだ。簡単に割り切れるくらいならばこんなに苦しむことは無いのだから。 「あぁ、そうだな。だから自信の心に自分で決着をつけるしかねぇよ」  俺もアンタもと心臓のあたりを指でさしながら言う。  その通りだ。  だがそれがとても難しくてうまくいかないのだ。 「それでは私はこれで」  と、深々とお辞儀をし立ち上がる。その時にはすっかりと医者の仮面をかぶった正吉がいた。 「正吉」 「はい、なんでしょう?」 「俺が言えた義理ではないが……、平八郎のことを頼む」  そう頭を下げれば、 「承知した」  と、もう一度深々と頭を下げ正吉は部屋を出て行った。

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