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恋_陸

「だから俺のことは放っておいてくれとッ!」 「飾り職人をしている幼馴染の嫁さんで」  同時に口にした言葉に互いに顔を見合わせ、 「何故そのようなことをっ」 「まさか! お主、不義密通(不倫)は重罪だぞ」  と再び言葉が重なり合う。  晋の言葉に忠義は力が抜けたとばかりにがっくりと肩を落とす。 「不義密通って……、晋さん」  向き合いながら腕を両方とられたままで。真っ直ぐ見つめてくる忠義から視線を外すには俯くしかなく。 「あんなに仲睦ましい姿を見たら、誰しもお主らが恋仲だと思うだろう」  といえば、自覚がないのかそんなことは無いと言う。 「嘘だ! 嬉しそうな顔をしておったぞ」 「あれは、頼んでいた櫛ができたのでつい嬉しくてな」  これが良いできなのだと破顔する。 「櫛、だと?」  男性が女性に櫛を贈るということは求婚を意味する。  そんな相手が別にいたということに動揺し立っていられなくてその場に崩れるようにしゃがみ込む。 「はは、そうか。お主にはそういう相手が別にいるのか」  好きになった相手に好かれぬ人生など、もうどうでもいい。  もう起ちあがることすらできない。生きる気力さえ失いそうだ。 「晋さん、違う」 「もうこれ以上何も言うな。聞きたくない」  両耳を手で塞いで話すことを拒否するようなしぐさをする。 「晋さん、聞いてくれ」  耳をふさぐ晋の手を掴む忠義の手。 「離せぇぇッ」  強く振りほどくように頭を動かせば、今度は強く抱きしめられて。手の甲に頬にと忠義が口づけていく。 「やめろ、嫌だ、いやぁ」  忠義の唇が晋の唇に触れて。  何故、こんな真似をするのだろうと、自分の想いは届かないのに触れ合うことが悲しくて辛くて涙が零れ落ちた。  もう嫌だと忠義の胸を強く叩けばやっと唇が離れ、涙の滴を忠義の指がすくいとる。 「好きなおなごが居る癖に。俺にこんな真似をするな」 「そんな者おらぬよ。晋さん、これを」  懐から袱紗を取り出し晋へと差し出す。それを受け取らずに顔を背ければ袱紗を開き中から取り出したものを晋の手に握らせた。 「龍……」  その見事な彫りに息を飲む。力強く彫られた龍が二匹絡み合いながら雲の上を泳ぐ。 「これは俺と晋さんだ」 「俺と、お主だと?」  龍を指さしながらそう説明する忠義をまじまじと見る。  一体どういうことなのだ。櫛に龍に見立てた忠義と自分を彫ってもらうなんて。 「おなごに櫛を贈るのと同じ意味だから」  それはつまり晋に求婚を申し込むとそう言っているのだ。  男色など珍しくないが、婚姻関係を結べるのは男女の関係だけで、それはつまり同じ意味で一緒に居たいと言いたいのだろう。 「俺とお主とでは、婚姻はっ」  そんなことは忠義とて百も承知。晋は動揺しついそんなことを口走ってしまった。 「そうだな。でも婚姻は出来なくとも俺の傍にいて欲しいと思っている。好きだ、晋さん」  と櫛ごと手を包み込み、真剣な目を晋に向けて想いを告げる。  嬉しさと失わずに済んだ安堵感と、色々と混ざり合って力が抜けていく。  倒れそうになる晋を寸前で忠義が抱きしめ自分の方へと引き寄せた。  一度は失うかもと覚悟していた大切なものがすぐ傍。 「俺も、お主のことが好きだ」  そう照れながら告げて晋はそのまま忠義の胸へと顔を埋めれば、 「はぁ、良かった」  安堵したと、その身を強く抱きしめられた。

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