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嫉心_參

 将吾と弥助は昨夜に起きた人斬りの一件で聞き込みに出ていたのだが、有力な情報を得ることができず、奉行所へと戻り上役である榊に報告することにした。 「そうか。目ぼしい情報は無いか」  他も同じで、有力な情報は得られなかったようだ。  報告を終え、家へと帰ろうとしていた所に「磯谷のダンナ」と声を掛けられて顔を向ければ、そこには知り合いの御用聞きが立っていた。 「おう、どうしたんだ」 「へい、実は南でおきた人斬りの一件で。外山のダンナが明日の牛の刻、例の場所で逢わねぇかと」  例の場所とは西にある無住寺院で、人の目にあまりつかぬことから青木の配下である同心の外山宗佑(そとやまそうすけ)との待ち合わせで使っていた。 「わかった」 「では」  用件だけを告げて御用聞きは帰っていった。  外山との待ち合わせは午の刻。  いつもの様に西の寺に向かう途中にある茶屋で弥助を待たせ、将吾は一人待ち合わせの場所へと向かった。  青木は功名心が強い。しかも同い年である榊と、彼の配下を目の敵にしており、外山と話をするにも密かに会う羽目となる。  紋次とは、つい最近、盗みに入られた油問屋で下働きをしていた男だ。下手人として行方を追っていたのだが、姿を隠してしまい、やっと北にある長屋に住んでいるという情報を得た。  だが、そこに住んでいたのは別の男で、しかも殺されてしまったのだ。  その日、誰かと怒鳴りあう声を聞いたと、同じ長屋に住む住人が話していた。しかもその声がぴたりと止まり、誰かが出ていく音がしたという。  紋次には女がいるようで、そこに隠れているのではないかという話だ。  そこから調べてみると外山に礼を言い、別れようとしていたその時だ。  人の気配を感じてそちらを見れば、青木と彼が良く連れて歩いている同心の大津と熊田、そして彼らの小者と御用聞きが数名いる。 「こんな所でこそこそと何をしている」  と将吾と外山を睨みつけていた。 「これは……、青木様」  どうしてこの場所にいるのだ。怪訝そうに青木たちを見れば、 「外山が榊の配下と通じている、そう聞いたのでな、見張らせておったのよ」  同じ奉行所の仲間なのだ。互いに協力し合うときだってあるだろう。それなのに上役とあろう者がくだらないことをしている。 「なんだ、その目は」  目を細めて相手を見れば、衿を掴まれ引き寄せられた。  その時、いつも感じるよりも更に嫌な「何か」を青木から感じてゾクッとする。 「上役に刃向うとは、仕置きが必要だな」  青木は歪んだ顔を見せ、将吾の鳩尾を蹴り飛ばす。 「ぐはっ」  腹を押さえてしゃがみ込む将吾の、その髪を青木は鷲掴みする。 「青木様、おやめください」  突如始まった仕置きという名の暴力。  外山は青木を止めようとするが、大津が自分の御用聞きに捕まえるように指示を出す。  邪魔をするお前も同罪だと言い、それからは一方的な暴力の始まりだった。  ただ耐える様に体を丸めていた将吾に対し、死なぬ程度に殴り、浅く斬りつけたりと暴行をする。  暫くし、 「来いっ」  と大津に言われ、御用聞き達に両腕を掴まれ身動きを封じられた外山が引きずられていく。 「外山!!」  必死で起ちあがろうとするが、熊田に背中を足で踏まれて身動きできない。 「磯谷、すまぬ」  何度もすまぬと謝る外山の鳩尾を大津が殴りつけ、気を失ったか、身体がだらりとし動かなくなる。  ただ見ていることしかできなかった。悔しくて歯を食いしばる。  しかも、去り際に背中をおもいきり踏みつけられて意識が飛びそうになった将吾だが、痛む体を起こしておぼつかない足取りで、待ち合わせの茶屋へと向かう。  そして、弥助が駆け付けて身体を抱きしめた所で意識が途切れた。

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