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嫉心_伍

 将吾が怪我を負い、正吉の治療を受けたことを弥助から聞いた。  昨日も正吉と会ったのに何も教えてはもらえず、秘密にされたことに怒っていた。  診療所の板戸を開くと、 「正吉、どういうことだ!」  そう怒鳴りこんだ。 「いきなしなんでぃ」  うるせぇと耳に指を突っ込み眉をしかめた。 「将吾のことを聞いたぞ」 「あぁ、聞いちまったのかい」  口止めをするのを忘れたなと呟くので、カッと怒りが湧き上がり、正吉の共衿を掴み引っ張った。 「ふざけるな!」  友が怪我をしたのに一人だけ知らぬなんて、そんな悲しいことはない。 「どうして俺には教えてくれないんだ。友だろうっ」 「だからだよ。だって、おめぇはすぐに泣くだろうが」  懐から取り出した手拭いでぬぐわれ、自分が泣いていることに気が付いた。 「これはお主が黙っているから、気が高ぶって」  すべて正吉のせいだと胸を拳でたたく。 「平八郎様、診療所で騒いではいけませんよ」  平八郎の拳の腕に手が重なる。正吉の師匠である大窪保(おおくぼたもつ)は蘭方医学を学んだ医者で、家長である輝定と同い年だ。 「大窪先生」 「申し訳ございません、先生」  正吉が背筋を伸ばし頭を下げる。 「正吉と磯谷様は平八郎様のことを子ども扱いしすぎですよ。怒るのはむりない」  ね、と優しく微笑む。 「そうだ。覚悟はできている」  いまは将吾の無事な姿を見たい。 「ありがとうございます大窪先生。俺の気持ちをわかってくれて」 「いいえ。さ、正吉」 「わかりました」  道具を風呂敷に包み、平八郎と正吉は診療所を後にした。  将吾の屋敷へと向かう途中、 「誰にやられたんだ」  と尋ねるが、正吉も誰にやられたかは知らないという。  平八郎の頭の中にはある男の顔が浮かんでいた。  青木正純。  彼と会った時、何か、もやもやとしたものを胸に感じたから。  きっと彼が何かしら絡んでいるに違いない。 「正吉、青木という名に聞き覚えは?」 「知らねぇ。だれでぇ、そいつは」  とかえってくる。 「北町奉行所の与力だ。将吾と団子屋にいるときに絡んできた」 「まさか、そいつが将吾を?」 「断定はできぬが、な」  正吉の表情が険しくなる。きっと、怒りがこみあげているのだろう。 「は、将吾に聞けばわかるこった」 「そうだな」  二人は頷き合い、屋敷へと向かう。

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