45 / 71

嫉心・その後

 後日、将吾から会わないかと言われ、伊藤家の平八郎の部屋に集まることにした。  迷惑を掛けたことのわびと、榊から預かってきたと包みを平八郎に手渡す。 「おお、羊羹ではないか」  甘いものに目がない平八郎は、その手土産に喜ぶ。 「榊様は解っていらっしゃる。将吾、お心遣い感謝しますと伝えておいてくれ」 「あぁ、伝えておくよ。それで、青木様のことなのだが、罪を素直に認め、裁きを待っている」 「そうか」 「平八郎あてに『申し訳ございませんでした』と伝言を頼まれた」  その言葉で全てを許すことはできない。だが、謝る心まで失わずにいてよかった。  これから裁きの時まで、自分のしてしまったことを、牢の中で深く反省してほしい。 「わかった」 「よし、羊羹を食おうぜ」  落ち込む平八郎の気持ちを持ち上げようとしているのだろう。自ら好んで甘いものなど食べないのに。 「そうしよう。それで、榊様と正吉が一緒に来たのはどうしてか聞こうじゃないか」 「そうだ、あの時、どうしてきたんだ」 「あ……、そんなに聞きてぇの?」  しょがねぇなと呟くと、正吉はその時のことを話し始めた。 ※※※  それは将吾と平八郎が荒ら屋で青木に捕まっている時のことだ。  往診を終えて診療所へと戻る時のことだ。酷い怪我を負った男を見つけたのは。  黒羽織に着流し姿。将吾と同じような恰好をしている。もしや町奉行所の者だろうか。 「もし、どうなされましたか」  正吉は普段は訛っているが、目上の者には敬語を使う。ただ、平八郎と将吾は別だが。 「急いでいるのでな、失礼」  呼びかけに応じたものの、そう答えて男は歩いていく。  だが、正吉は放っておけなかった。それほどに相手は酷い怪我を負っていたからだ。 「お待ちください。それならせめて肩におつかまり下さい」 「いや、しかし」 「その方が、目的の場所へと早くつけるかと」  相当つらかったのだろう。  そう申すと、男は素直に正吉の肩を借りることにした。 「すまぬ」 「で、どちらへおいでで?」 「南町奉行所だ」  あぁ、やはり。奉行所の役人か。 「わかりました」  南町奉行所へと向かうと、男は礼を言い、自分は北町奉行所の同心、外山だと告げた。 「あ……」  外山とは、将吾が怪我をしたときに会っていた同心ではないか。 「お待ちを」  呼び止めようとするが、既に外山は中へと入ってしまった。  南町奉行所へ用事とは、まさか、将吾の身に何かあったのではないだろうか。  不安になり、外山が話し終えるのを待つことにした。  すると暫くして、中から出てきたのは榊のみだった。  榊とは、怪我をした将吾の看病をしているときに話をした。故に顔見知りだった。 「木崎先生ではないか。もしや、外山が此処まで連れてきてもらった男とは、お主のことか」 「はい。すごい怪我を負っていたので。ところで、何かあったのでしょうか」 「あぁ、そうだ。少し私に付き合ってくれぬか」  と時がないので歩きながら話を聞かせて貰うこととなった。  将吾と平八郎が人質として捕まっていること、一人で村はずれの荒ら屋へくるようにということだった。 「将吾、平八郎」  二人がそんな目にあっているなんて。正吉の腹の中は煮えくり返りそうだった。  途中、知り合いの男から刀を三本調達し、それを正吉にたくす。 「きっと刀は取り上げられてしまうから持っていて欲しい」  と言われたからだ。  目的の場所へと到達した時、 「隙が出来た時に中へと入り刀を手渡せ。そうしたら伊藤さんを連れて逃げろ」  と指示をされて頷く。  榊が中へと入っていき、その後、正吉は身を隠しながら様子を窺う。  中の様子は見えぬが、話し声は聞こえてくる。  はやく二人を助けたい。その気持ちが正吉を焦らせる。  だが、自分勝手に動けば、榊が作り出す隙を台無しにしかねない。  我慢だ。ぎりぎりと刀を握りしめる。  平八郎の悲痛な叫び声が聞こえた時は、自分を抑えるのが大変だった。  二人を助けるため。辛くとも耐えなければならない。榊の指示があるまで。  その瞬間が訪れるまで、正吉はとても長く感じた。 ※※※ 「そんなことがあったのか」 「あぁ。辛かったぜ。平八郎と将吾に何かあったらと思うと」  二度とあんな思いはごめんでぃ、そう正吉が呟く。 「正吉、心配をかけた」  平八郎が正吉に抱きつくと、 「助かったぜ、正吉」  と将吾が二人を包み込むように抱きしめた。  互いの温もりを感じ、生きていてよかったと改めて実感する。 「おめぇらがいなくなったら、俺ァ……」  珍しく弱気なことを言う。 「はぁ? 簡単には死なぬよ。なぁ、将吾」  元気つけるように平八郎がそう口にし、正吉の頭を抱え込む。 「そうだとも。俺らは歳をとっても一緒だ」 「はは、そうだな」  一緒にお月見をした日のことだ。またこうして共に四季の行事を楽しめたらいいなと話した。 「また窮地に追い込まれたとしたら、助けにいくからよ」  将吾の肩に手を置く。 「俺も、助けに行く」  その手の上に将吾の手が重なる。  そしてもう一つの手は平八郎の頭へとのせた。 「俺も。足手まといになるかもしれぬが」 「何言ってんで。頼りにしてるぜ」 「そうだ。平八郎、頼りにしている」  絆を深く感じ、顔を見合わせて笑みを浮かべる。  これから何が起きようが、三人なら大丈夫。幻妖にも立ち向っていけるだろう。

ともだちにシェアしよう!