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昼時にも関わらず、オフィス内は電話の着信音が至る所から鳴り響いていた。
そんな忙しない空気の中。水嶋 泰彦 は折を見計らって昼食を取ろうと、デスクに乗せた青いチェック柄の包みを開いていく。
プラスチックの容器の蓋を開くと、中にはそれなりに見栄え良く彩られた食材が並んでいる。
卵焼きにプチトマト、ほうれん草とベーコンのバター炒めに、夕飯の残りの筑前煮。白いご飯の上には海苔と梅干が乗っている。
「今日も美味しそうですね」
すぐ隣の席から声をかけてきた風見 祐清 に、水嶋は箸を持ったまま視線を向ける。
十歳近く若い男は、甘い笑みを浮かべて水嶋を見据えていた。爽やかに整った顔立ちは職場の女子からも評判が良く、愛想のよい性格も相まって更に株を上げているようだった。
加えて、社内での営業成績は上位に入っている。サービス残業と接待で何とかギリギリのラインを保っている自分とは大違いだった。
水嶋は「そうだね」とだけ口にして、弁当の中身に手を付ける。
口に運び咀嚼する――その行為を苦い気持ちで繰り返す。
「もしかして、苦手な食べ物が入っているんですか?」
黙々と動かしていた手を止めて、水嶋は「どうして?」と無理やり口角を引き上げた。
「無理して食べているように見えるからですよ。水嶋さん、奥さんに気を使って残したりできなさそうですから」
「……そんなことはないよ」
絞り出すように水嶋は言う。
見せつけるように笑みを浮かべ、箸を動かしてさえみせた。
「夏バテかな。最近、少し食欲がないんだ」
「たしかに最近暑いですよね。でもちゃんと食べないと体調崩しますよ。細いんですから、もっと食べたほうが良いと思いますけど」
風見はそう言って、視線を水嶋の腰回りに向けている。伏せた目元に男の色気が滲み、水嶋は跳ねた心臓を誤魔化すように視線を伏せた。
「そうだな。ちゃんと食べるようにするよ」
部下に食生活を指摘され、言い返せずに水嶋は苦笑した。
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