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 良く言えば温厚。悪くいえば覇気がない。向上心がゼロというわけではないが、出世コースをかけるよりも自分の出来る精一杯をしたい。  それが水嶋の仕事に対する長年の姿勢であった。それでも三十八にして、係長に昇進したのは地道な努力によるものだろう。  部下からは少々舐められた態度も取られがちだが、長年の経験やツテで上司としてのフォローも欠かしたことはない。見た目も威圧的ではない分、部下から個人的な相談を受けることも多く、親しみやすいという面では他の上司よりも評価は高い。  現に出世に関わりなさそうな水嶋に、出世街道を進んでいくであろう風見が何かと絡んできていた。 「食べないなら、俺が食べますよ」  それとなく弁当箱を片付けようとした水嶋に風見が口を挟んだ。 「でも――」 「持って帰ったりなんかしたら、奥さんが悲しみますよ。捨てるにしたって、勿体ないですから」 「食べかけを君に渡すのは悪いから……後で食べるよ」  水嶋がそう弁解するも「後で食べるって、このあと外回りですよね」と指摘されてしまう。 「ほら、貸してください」  やや強引に促され、水嶋は諦めて半分ほど手をつけた弁当箱を手渡す。居たたまれなさから、指先が自然と左手の指輪に触れた。  風見が「いただきます」と言って、弁当に箸をつけていく。  その様子をちらりと横目で伺いつつ、水嶋の心臓は 激しく鳴っていた。箸が風見の口に運ばれていくたびに、目が吸い寄せられてしまう。 「ごちそうさまでした」  そう言って風見は満足そうな笑みを浮かべた。綺麗に空になったお弁当箱が水嶋の元に戻される。それをそそくさと仕舞いながらも心は上の空だった。 「そういえば俺、いい店見つけたんですよ。つまみが美味しくて、水嶋さんが好みそうな甘いお酒の種類も豊富なんですよ」  風見が声を弾ませている。  どうしてそのことを知っているのか分からず、水嶋は唖然として風見を見つめる。  普段の飲みの席で水嶋は、苦手であってもビールや焼酎しか口にしないようにしていた。  にも関わらず、風見はまるで自分が甘いお酒が好きだということを知っているような口ぶりだ。

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