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「君も女子が飲むような酒が好きなのか?」
もしかしたら風見が好きだからそう言ったのかもしれない。そう思って問いかけるも、風見は苦笑する。
「水嶋さんが好きだからぜひと思っただけです」
「僕だってそんなに飲まないよ」
見当違いに内心肩を落とし、否定の言葉を水嶋は口にする。隠す必要はないと分かっていても、いい歳をした男が好むには羞恥があった。
「えっ、そうなんですか。でも以前、カクテルが好きだって仰ってましたよ。それに俺――」
風見が水嶋に椅子ごと身体を近づける。
固まっている水嶋の耳元に顔を寄せ「実は最近カクテルの勉強をしているんです」と囁くように言った。
すぐ近くに漂うフレグランスの甘やかな香りに、水嶋は息を呑む。そちらを見ることもできず、視線を左手の指輪に落とす。
彼のことだから、女性も引く手あまたなはずだ。一緒にバーに行った際に、少しでも予備知識を持っておきたいとでも考えているのかもしれない。
「ぜひ、おすすめを教えてもらえたらと思ったのですが――駄目ですか?」
「別に駄目ってわけじゃないけど――」
少し落胆したようなトーンに、さすがにムキになるのは大人げなく思える。
「それならぜひ、ご一緒してください。今週の金曜日の夜なんてどうですか?」
言葉を濁している水嶋に対し、風見の表情が嬉々としたものに変わる。
だが、金曜日の夜は基本的に取引先の接待が多い。それを理由に断ろうと、水嶋は弁当箱を鞄に入れて、代わりに手帳を手に取った。指定の金曜日に視線を滑らせると、珍しく空欄だ。
当てが外れて心中は穏やかではないが、仕方なく水嶋は大丈夫だと口にした。
「良かったです。水嶋さん、ご結婚されてから飲みに連れて行ってくださらなかったので」
「……そうだったかな」
「ええ。だから久しぶりにご一緒できるかと思うと嬉しいです」
風見が他意の感じられない笑みを浮かべる。
水嶋は「僕もだよ」と言いつつも、不安が胸を覆っていた。
ボロを出してしまったらと、内心で気が気ではない。緊張に喉が激しく乾いていた。
もし風見にバレてしまったら――もしかしたら軽蔑の目で見られるかもしれない。風見に限ってそんなことはしないと思うが、社内で言いふらされでもしたら周囲は一体どう思うだろうか。
目まぐるしく脳内で嫌な妄想が駆け巡る。
水嶋のかすかに震える指先が、気づけば薬指の指輪に触れていた。
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