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恋人はだいぶパンダが好き 会長視点

 オブジェに見えなくもない性具。  用途はとてもシンプルだ。  アナルの拡張か、前立腺を刺激するために使う。    挿入する際、角度を調整するだけで、使用目的を変更できる。    珠次のカバンの中から取り出した白と黒の模様があしらったアダルトグッズ。  さすがにパンダには見えない。   「これ、そんなに良かったのか?」    たぶん兄の作品じゃなかったら嫉妬で壊したかもしれない。  恥ずかしそうに視線を下に向けてうなずく珠次が、いくらかわいくてもムカつくものはムカつく。  俺以外のものを珠次が受け入れたのかと思うと浮気だと言いたくなってしまう。珠次がいなかったら、まず間違いなく床を転げまわったり壁に物を投げつけた。子供っぽいやつあたりをしながら泣き叫んだことだろう。  恥ずかしげもなく毒づきたい。    けれど、モノがモノなので何も言えない。そもそも珠次にどうやって使用許可をもらおうか考えていたモノだし、兄の作品を気に入ってくれたことは純粋に嬉しいと感じてしまう。俺は自分の中の矛盾に心が引き裂かれそうだ。    この物体は、兄がわざわざインテリアとして置いていても大丈夫な見た目に偽装してくれていたアダルトグッズ。俺への最後かもしれないプレゼントだ。この兄心を余計なお世話だと思えずに喜ぶぐらいに俺はブラコンだった。自分の欲深さに頭を抱えたくなる。珠次がどうやって使っているのか見たい。同じだけダメだと止めたくもある。珠次には俺だけを受け入れて欲しい。    俺の股間は痛いぐらいに反応して珠次は自分のものだと主張している。  年上としてこの状況をバレるわけにはいかない。  表情は出来るだけ冷静を装って「珠次」と呼びかける。   「液体? 湿気? に反応してあったかくなります」 「高性能だな」 「ローション使ったり、舐めたりするとじわじわ熱くなって……」    視線が熱っぽくてエロい感じの珠次にこのまま押し倒していいのかと確認を取りたくなる。  いつもは「いいか?」なんていう一言もない。  珠次が「にゃー」と言っても俺は首を横に振る。  服を全部脱がしてしまうと仕方がないという顔で俺の服も脱がしてくれる。    こんなやりとりばかりなので、俺ばかりが珠次とエッチをしたいのだと思い込んでいた。    強く拒絶しないんだから珠次だって、俺とエッチをしていいと思ってくれている。そう信じられなかった。  珠次が俺のことを好きなんだと信じ続けられなかったように俺は珠次を満足させているのか分からなくなっていた。  自分に都合のいい想像をしている気持ちになって苦しかった。    嫌がられたら死んでしまうと深く落ち込むくせに良い反応をされても自信を持てないなんて面倒な人間だ。  これが珠次よりも年上なんだから、情けない。   「俺だけじゃ足りないから?」  肯定でも否定でも、嬉しくて悲しい。幸せで悔しい。無駄に遠回りをしてしまった。幸せは目の前にあったのに俺は勝手に触れることをためらった。思いのままに珠次を抱いても、珠次は俺を嫌わない。離れていかない。それが、ここに来てやっとわかった。 「お互い様ですか?」    問題がなかった二人。俺たちには何も問題らしい問題がなく平穏だったのだ。それなのに勝手に俺は自分の感情や欲求のベクトルを変えようとした。珠次を振り回してしまったかもしれない。その結果、落ち着いた先が珠次はバイブで俺は親衛隊とのゲーム。    欲求の発散方法として珠次のやり方のほうが、むしろ一般的で一番初めに思いつくものだ。  俺は自慰なんてまったく考えていなかった。思いつきもしない。  西宮珠次の存在がエロティックすぎて自分で自分を慰めるという当たり前の発想が俺にはなかった。  自分の世界を持った珠次が俺を受け入れ、俺との時間を楽しんでくれる、それは最高の快楽だ。脳みそが沸騰しそうなエクスタシーに酔って、珠次が何を思っているのか置き去りにして空回りを続けた。    一人で悲劇に酔うような見苦しい姿を晒してしまった。  それでも珠次は俺を嫌ったりしない。見放すこともなく、こうして傍にいてくれる。   「珠次のオナニーが見たい」 「おもしろいものでもないですよ」  すこしだけ困ったような、あるいはいつも通りの返事。  珠次は基本的に表情の変化が乏しく、言葉の発音も平坦で声の温度も淡々としている。  熱量が珠次からは感じられない。それがよくよく見れば違うのだ。珠次の耳元はわずかに赤い。首元に手を置けば熱かった。照れている。興奮している。戸惑っている。俺との会話で体を火照らせている。知れば知るほど、深みにハマる。 「絶対にかわいい」 「おふとん被ってこっそりしてます」 「すでにかわいい」  心臓がぎゅうっと締めつけられる。  珠次がかわいすぎるせいで俺は心臓まひで死ぬかもしれない。幸せ死だ。好きだという気持ちは人を不整脈にさせる。 「ご飯を作った後に手持無沙汰だとソファでこっそりすることもあります」 「全然こっそりしてない!」    全力で誘いに来てくれている。これで、誘われてないと思うほど俺はバカじゃない。俺が早く帰ってこないせいで珠次のエッチな部分を見逃していた。親衛隊と将棋やっている時間など俺にはなかった。俺の人生に必要だったのは珠次との時間だけだ。    俺はただのバカだ。もったいない時間の使い方をしていた。もっと早く気づくべきだった。   「ドライでイクのが気持ちいいってわかってから前立腺ぐりぐりが楽しくなりました」  この世で珠次からこの告白を聞けるのは俺だけだった。  それなのに無駄にどうでもいい場所で足踏みしていた。  自分の面子を守ることばかり考えて、持ち合わせるはずのない冷静さを取り繕ってバカを見た。 「楽しかったのは、自分でやるのが?」 「両方とも、好き」    初めて聞くエッチな発言に落ち着かない。両方というのは、俺との行為を嫌がっていないということだ。ここまで言われて分からないはずがない。  珠次の今までの「にゃー」に含まれていた言葉が重くて深い。ずっとずっと待っていてくれていたのだ。  なかなか帰ってこない俺を待って、自分で一人で慰めて、気まぐれのように俺に玄関先で押し倒される。  普通に考えるなら愛想をつかされてもいいほどに俺は自分勝手で珠次を見ていない最低の男だ。   「淋しくってちょっと物足りないのが、ひとりだからって思って納得するのが、なんか楽しいです」  物足りなさがあるせいで俺が居ないことを感じて恋しくなるなんて、そこには愛しかない。    珠次からの愛を疑った今までが、どうかしているとしか思えない。  吉武が珠次にゆさぶりをかけていたことを俺は知らなかった。  珠次が吉武をなんとも思っていなかったのは俺が珠次に向けている愛を信じてくれていたからだ。  だから、吉武が元彼だとかなんとか言い出しても受け流していられた。  俺が全身全霊で珠次を愛しているのを珠次はわかってくれている。  珠次だって俺のことを心から愛してくれている。    それなのに俺はずっと怖かった。  珠次を失う恐怖を周囲が囁くたびに否定しきれないことが怖かった。  今日、大丈夫でも明日は大丈夫じゃないことは多い。  兄は急にこの世界から消えてしまった。  どれだけ探しても見当たらない。  同じように珠次がある日、急にどこかに消えてしまうとも限らない。  たしかなものはないのだと俺の中に不安感は根を張って、俺という人間と一体化している。   「パンダは個体差があったとしても、繊細で気分屋で単独行動が普通だからマイペースなのに他の個体を完全に敵と認定するわけでもない。自分のリズムで自分の出来ることをやってて、それが、見ているこっちはかわいいと思うし、応援できるから、だから」    動物のパンダの話じゃないんだろう。  珠次の手が俺のモノクロな髪の毛に触れる。   「どうしようもなく、好きなものってあると思います」    珠次の好きに理由はない。  パンダを好きなことも、俺を好きなことも。  理由のない思いはいつかどこかに消えてしまう気がした。    そうじゃなかった。   「珠次。ありがとう。幸せはここにあったんだな」 「それは、パンダじゃなくて幸せの青い鳥?」 「パンダの絵本ってある?」 「もちろん、いっぱいあります」    教えてくれと口にしたら、今日一番の笑顔が見れた。  珠次はだいぶパンダが好きだ。それが、とてもかわいくて愛おしい。

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