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第8話

「……ん」  覆い被さってきた彰久が、俺の首筋に軽く歯を立てる。これが最後かもしれないと思うと、不思議なことにそこまで拒もうという気持ちにはならなかった。 「ん、っあ……! 彰久っ……」  彰久のかさついた指先が、俺の乳首の先端をゆっくりと捏ね繰り回している。たったそれだけのことで余裕がなくなり、情けないほど声が震えた。 「さ、わるなって……そういう、ふうに……ぃっ」 「そうは言っても、凄げえ気持ち良さそうな顔になってる」 「や、あぁっ……あっ!」  指で触れていない方の乳首に唇が被せられる。中で彰久の舌がいやらしく蠢き、悪寒にも似た電流が俺の全身を容赦なく駆け巡った。恥ずかしくて堪らない。それなのに止めて欲しくない気もして、俺はシートの上で身悶えながら何度もかぶりを振り、目尻に溜まった涙を拭った。 「も、う……嫌だっ、彰久っ……」  俺が昂ぶっていることは膨張しているそれによって伝わっているはずだから、口で拒んだって何の意味もない。だけど散々彰久に悪態をついてしまった手前、俺は自身の中の快楽をねじ伏せながら必死で訴えた。 「彰久、やだ……。嫌だ……」  唾液の糸を引きながら、彰久の濡れた唇が俺の胸元からゆっくりと離れる。 「そんな蕩けそうな目で言われたって説得力ねえな。さっきまでの威勢はどうしたよ、このままじゃマジで俺のモンになっちまうぞ」  嘲るように言われて腹が立ったが、今の俺は何も言い返せない。彰久の家のソファと比べたら酷く窮屈なシートの上、広げた両脚の間に彰久の腰が入ってくる。下着越しに刺激されるその部分が更に熱くなり、同時に、頭の中までもが熱くなる。 「あっ、あ……あ……。それ、やだ……」 「うん?」 「擦ら、ないでっ……」  腹筋で股間を擦られ、指で乳首を嬲られ、恥ずかしい声を聞かれて顔を見られて、俺ばかりが不利な状況だ。何か反撃してやりたいと思ったが、限られた時間をフル活用する気でいる彰久には隙らしい隙がない。 「硬くなってるぜ。……何だ、始めからこうしとけば良かった」  自身の唇を舌で舐めながら、彰久が俺の下着の中へと手を入れてきた。 「ひっ、あ……!」  下着の中、汗ばんだ俺のそれを彰久の手のひらが包み込む。握られ、激しく揉みしだかれる。逃れようとしてシートに背をつけたまま後ずさると、すぐにドアに頭がぶつかった。 「伊吹、下着から頭がはみ出してる」 「見な、ぃで……。彰久っ、見るな……」 「中途半端だから恥ずかしいんだろ。全部脱がしちまえば……」 「あぁっ、や、め……!」  下着をずり下ろされ、強引に左脚から抜かれる。膝に下着を引っかけたままの右足をシートの上に固定されて、これ以上なく大きく股を開かされる恰好となってしまった。 「やめっ……彰久、マジで恥ずかしいからっ……」 「今更何言ってんだよ。伊吹くんのココ、凄げえ感じてるんだし」  上を向いた先端に、指先をつい、と押し付けられた。 「あっ……!」  先走りの体液を塗り付けるように、彰久の人差し指が先端で蠢く。眉根を寄せてかぶりを振る俺の顔を、彰久が満足げに笑って見つめている。二重の羞恥に耐えようとすればするほど、意思とは反対に声が漏れた。 「あっ、あ……や、彰久っ……それ、やめっ……ろ」 「見てみろ伊吹。凄げえ濡れてるの分かるか。糸引いてるぞ」 「分からなっ――あ、あぁっ!」  油断していたら突然先端から咥え込まれて、瞬間、目の前が真っ白になった。 「やぁっ! あ、あ――彰、久ぁ……っ!」  狭い車内に響き渡る濡れた音。激しく頭を前後させる彰久。堪らず頭を仰け反らせると、窓の外に琥珀色の朧月が浮かんでいるのが見えた。 「ふ、ぁ……彰久、……放、せ……」  伸ばした手を、彰久が握りしめる。そうされることでまた気持ちが昂ぶって、俺は嗚咽を漏らしながらきつく目を閉じた。 「んっ、う……! そんな、吸うなって……!」  今にも腰が砕けそうだ。荒い呼吸が止まらなくて、乾いた喉がひりひりと痛み出す。彰久の舌が熱い。その舌に撫でられている俺のそれはもっとだ。熱くて、切なくて仕方なくて、溶けてしまいそうなほどに、気持ち良い……。 「――あっ!」  口から抜かれたそれが、彰久の手で上下に扱かれる。そのまま下の膨らみを口に含まれ、更に無防備な俺の入り口に彰久の指が突き立てられた。全身がむずむずする。行き場のない快楽が、俺の体内を縦横無尽に駆け巡っているのだ。 「うあっ、あ、やだ……! 彰久、も、嫌だっ……」 「こんな一気に攻められるの、初めてだろ。伊吹、魚みてえにビクビクしてる。可愛い」  膨らみの片方をぞろりと舐め上げてから、彰久が指を深く侵入させてきた。  瞬間、背中が仰け反り返る。 「あっ! あ、あぁっ! ……やぁっ、あ……!」 「弱点にヒットしたか? ここか、伊吹が鳴いちゃうのは」  中で第一関節が曲げられ、「弱点」を執拗に擦られる。彰久に握られて脈打っている俺のそれの、丁度裏側だ。自分でもそんなところが弱いなんて知らなかった。 「あきひさ、っぁ……、そこ、無理……い、やだっ……! 駄目っ、ほんと、……やっ!」 「涎垂らしてきゃんきゃん鳴いてるくせに、何言ってんだか」 「ち、違っ……あぁっ!」 「違くねえよ。――オラ、もう一本!」 「ひっ、……あぁぁっ!」  性器の裏側がじんじんと痺れている。彰久の二本の指で捏ねられて擦られて……腰が浮いてがくがくして、先走りが止まらない。 「こんな恥ずかしいところ俺に開発されて、もう婿にも嫁にも行けねえだろ。大人しく俺のモンになれよ、伊吹くん」 「うあっ、あっ、やめっ……。彰久、マジで、ちょっと……! い、一回抜いてっ……」 「抜けったって、締め付けられてるから指が抜けねえよ」 「ば、馬鹿っ、冗談言ってる場合じゃ、ないんだってば……!」 「冗談なんかじゃねえって。マジでお前が」  もう、駄目だ。 「っ――あ、ああぁっ!」  耐え切れずに迸った体液が、容赦なく彰久の顔に引っかかった。「うわっ、……」彰久も全く予想していなかったらしく、突然の俺の射精に本気で驚いた顔をしている。 「何だよ、出すなら言えっての」 「だ、だって彰久が……馬鹿なことばっかり、言うから……」 「髪にも飛んでるし。ていうか、シートにもかかってるし」 「だから抜けって言ったのに……」  前髪に付着した俺のそれを拭いながら、彰久が含み笑いをした。 「気持ち良かっただろ、伊吹くん。随分と豪快に飛ばしたな」  恥ずかしくて死にそうだ。顔を顰めてそっぽを向くと、彰久が自分のベルトを外しながら俺の耳に囁いた。 「今と同じところを、今度は俺ので思いっ切り突いてやるからな」 「え? ……やっ、やだっ! 冗談じゃねっ……」 「じゃあ、伊吹くんがリードするか?」  惜しげもなく曝け出された彰久のそれは、既に雄々しく屹立している。シートに座り直した彰久が、自分の膝を叩いて俺に乗るよう促した。  さっきと同じことをされるよりは、俺の匙加減でどうにでもなる体位の方がいい。  俺はのろのろと体を起こし、シートに座った彰久の上に跨った。そんな俺を見て、彰久が皮肉っぽく笑う。 「自分から乗っかって、もう全然嫌がってねえじゃん」 「ち、違……さっさと終わらせたいだけだ」  屹立した彰久のそれを入口部分にあてがい、上から咥え込むようにして少しずつ中へと収めて行く。体に感じる鋭い痛みや息苦しさは、どこか心地好い充実感にも似ていた。 「マジでっ……これが最後だからな……あっ」 「車の中でするのは、な」 「――あっ!」  下からぐっと押し上げられ、俺は思わず彰久の両肩に爪を食い込ませた。喉が反り、下半身に受けた衝撃が声となって溢れてくる。 「あっ、あ……! あぁっ……ゆ、揺さぶるなっ……いきなりっぃ……」 「頭、ぶつけないように気を付けろ」  既に何度か天井に打っていた俺の頭を、彰久が申し訳程度に手で庇う。 「あっ、ん……ん、彰久……ぁ」  俺は彰久の首にしがみつき、極力声を抑えて身を低くした。リアウィンドウの向こう側で、離れた場所を歩いている人の姿が見えたからだ。 「んっ、や……ぁ、あ」 「耳元でそんなふうに喘ぐなよ。興奮して止まらなくなるだろ」 「あっ――あ、だから、そんな激しくっ……する、なっ……あ」 「……クソッ」  ふいに彰久が俺の腰と背中を支え、体の向きを変えてシートに俺を押し倒した。 「な、何……?」 「悪い、伊吹。俺の方が我慢できそうにねえわ。……狭い場所で悪いけど、しばらく足開いててくれよ」 「あぁっ! あ、やっ、あぁ……!」  背もたれに片脚を乗せて固定させ、もう片方の脚の膝裏を彰久が腕で支える。体はいつシートから落ちてもおかしくない。寝転がったせいで、再びドアに頭をぶつける羽目になった。  二人分の熱気が車内に充満し、窓ガラスが結露を起こしている。彰久の額から噴き出した汗が、腰の動きに合わせて俺の体へと飛び散ってくる。  汗と熱気で、何もかもがどろどろに溶けてしまいそうだ。 「あぁ、あっ……彰久っ、もっと、ゆっく、り、……お願っ……」 「ゆっくりできねえ、ごめんな伊吹」 「ば、馬鹿っ……うあっ、あっ! ん……!」 「愛してるぜ、伊吹――マジで可愛い」  あいしてるって、かわいいって、俺のことか。  和真から、そんなの言われたことあったっけ……。 「あ、あき、ひさ……」 「何?」  俺は伸ばした手を彰久の背中に回し、その大きな体を強く引き寄せた。温かい。人の体って、こんなに温かいものだったか。 「……んっ、ん……あっ、……あぁっ」 「っと。伊吹、タイムアップだ。もう零時過ぎてる」 「え……? ……あ……」  罠に嵌ったような気がした。だけどいい。彰久が俺のために用意した罠なら、敢えて見事に引っ掛かってやる。 「残念。伊吹はまだ俺に惚れてねえみたいだし、半端だけど俺達はこれで――」  俺は両腕に力を入れ、更に両脚を彰久の腰に絡み付かせた。 「伊吹?」 「さ、……最後まで責任持てよ。半端すぎるだろ、こんなのって……」  案の定な反応だったのだろう。俺の耳元で、彰久が笑う。 「でも約束しちまったしな。早く帰って、シャワー浴びて寝ねえと。明日、起きられなくなる」 「……やだ」  もういい。もう、何でもいい。  全身で彰久にしがみついたまま、俺は蚊の鳴くような声で訴えた。 「して、欲しい……。彰久、……さっきの、しろよ……」 「さっきのって?」 「お、俺の弱いところ……彰久ので、……突いて、欲しい……」  中に収まったままの彰久自身が、その言葉にビクリと脈打つのを感じた。予想通りの、いや……予想以上の俺の反応に、彰久の息が荒くなる。 「お前、エロ過ぎ……。そんなの言われたら、やらねえ訳にいかねえだろっ……!」 「あ、彰久」  俺の両腕を引き剥がした彰久が、上体を起こして俺の腰をしっかりと支えた。 「言ったからには覚悟しろよ。失神するほど突きまくってやる」 「うあ、あっ……あ!」  ゆっくりと、だけど徐々に激しく……彰久の腰が前後し始める。まだ俺の弱点には触れていない。いつ来るか分からない恐怖と期待に、俺は全身を震わせた。 「して欲しいってのは、俺に惚れたってことか? 好きでもねえ男にして欲しいなんて、普通は思わねえもんな……」 「い、言ってろ……馬鹿」 「まだそうやって意地を張る。可愛くねえ態度取ってると、いいとこ突いてやらねえぞ」 「可愛くなくて悪かったな。でも……」  思わず文句を言おうとして、止める。代わりに俺は彰久から視線を逸らし、唇を尖らせて呟いた。 「じ、自分からして欲しいなんて、俺……言ったことねえんだからな」 「っ……」  どうやら効果があったようだ。言葉を詰まらせた彰久が、不貞腐れたように顔を顰めて腰を入れてくる。 「だからお前、そういう反則的なこと言うなっ……ての」 「う、うあっ!」  奥まで到達した彰久のそれが、勢い良く引き抜かれる。また入ってきて、今度は俺の「その部分」を抉るように擦りながら引き抜かれる。 「あっ、あ、……そこ、やめろっ……あぁっ!」 「自分で言ったんだろうが」 「あっ! だ、だって、そんな……激しっ……うあ、あっ!」  意味もなく涙が溢れ、頬を伝って流れて行く。確信しているのは、それが嫌悪や苦痛からきている涙ではないということだ。もっと別の、言うならば「セックスの時に自然と流れてしまう涙」――そんな部類のものだった。 「ん、あっ……あぁ、彰久っ……ぁ」 「なに?」 「あ、き……ひさぁっ……」 「そんな切なげな顔と声で俺の名前呼ぶなよ。感極まって、イきそうになるだろ……」  抗えない快楽の渦の中をもがくように、俺は必死で彰久の両腕を掴んだ。  ここから俺を掬って欲しい。俺の陳腐なプライドや不安、つまらない道徳も……何もかもを置き去りにして、俺だけを掬い上げて欲しい。  きっと、彰久のような男にしかできない。  俺の汚さや弱さを全て曝け出してもなお、俺を愛してると言ってくれた――彰久にしか、できないんだ。 「熱、い……彰久、っ……身体が、溶け、そ……」 「そう簡単には溶けねえよ。伊吹の感じまくってる顔、凄げえ可愛い」 「んっ、ん……彰久っ、ぁ……」 「気持ちいい?」 「い、っぃ……気持ち、いいっ……!」  溶けそうなのは身体でなく、頭の中か。 「俺もっ、………」  それとも、心の中か――。 「ふ、あっあぁっ……イ、きそ……!」 「っ、……!」  痙攣を起こした俺と彰久。目の前がちかちかして、呼吸が止まりそうになる。 「はあ、ぁ……、はぁ……」  俺の頭を強く抱きしめながら、彰久が何度も肩を上下させている。汗の匂いと男の匂い。その両方に包まれながら、俺は恍惚に満ちた表情で窓の外の月を見つめた。  ――信じても、いいのだろうか。 「……は、ぁ……」  月は答えず、素知らぬ顔で俺を見つめ返すだけだ。 「伊吹、平気か……」 「ん。でもまた、今度は、彰久の服に……その、かけてしまった……」  彰久が身を起こすと、胸元の部分にべったりと俺の体液が付いていた。 「ああ、……いいよ別に。もう帰るだけだし……」  流石に彰久も消耗したのか、シートにもたれてぐったりとしている。俺は放られていたシャツを膝元に置いて、彰久の隣に座り直した。 「帰るの面倒だろ。うち、泊まれば。……シャワーと服も貸すし、車は公園の駐車場使えばいいし……」  力無く笑って、彰久が俺の肩を抱き寄せる。 「その言葉を待ってた。けど、伊吹の服入るかな……」 「言っとくけど仕方なく、だからな。居眠り運転でもされて事故起こされても困るから」 「いいよ何でも、とにかく眠くて仕方ねえ。伊吹、悪いけど車停めといてくれるか……」  彰久がシートに倒れ込んでしまったため、仕方なく俺は服を着てよろよろと運転席へ回った。元々ペーパードライバーな上にこんな大きな車を駐車場へ停めるなんて緊張するが、やってやれないことはない。  もうすぐ一時になろうとしている。相変わらず黙って俺を見つめている月から顔を背け、俺はしっかりと前を見据えてアクセルを踏み込んだ。

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