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第7話【解放(前編)】
十年以上抑圧していた欲望が、弾け飛ぶのは一瞬だった。
「は……っ、ぅ……ッ!」
真駒の手に、椎葉の手が添えられている。それは、手を握っているだなんて……生易しい状況ではなかった。
椎葉の呻き声が聞こえている筈なのに、真駒は意に介していない。
頭の中では、ただひたすらに……『駄目だ』と叫ぶ声が響く。
膝は事務所の床に付き、椎葉に馬乗りしている真駒は……情けないくらい、大粒の涙を流した。
(課長の、首……凄い……っ)
まるで憑りつかれたかのように、真駒は口角を上げる。
レジ袋を握っていた筈の手が、温かなものを握っていると気付いたのは、少し経ってからだ。
――真駒の両手には、椎葉の美しい首が……握られていた。
手のひらには、ドクドクと脈打つ……椎葉の生きた証が、刻まれていく。
真駒の想像通り――想像以上に、椎葉の首は素晴らしかった。
匂い、手のひらへのフィット感、質感に温度……真駒は全神経で、椎葉の首を堪能する。
「ッ、ぁ……はッ」
力強く首を絞められている椎葉が、必死に真駒の手を離そうともがく。
それでも、真駒は力を緩めない。椎葉の着ているスーツが床の埃を纏おうと、椎葉の両手が必死に抵抗を続けようと……その首から、手を離せなかった。
恋焦がれていた首に触れた真駒は、興奮のあまり……鼻血を垂らす。流れ出た鼻血は、椎葉の整った顔に滴り落ち、赤く汚していく。
頭の片隅に残る罪悪感が、涙となってとめどなく溢れてくるのに……真駒は両手にある快楽を、手放すことができなかった。――その時だ。
――椎葉の手が、真駒の手から……離れた。
「ッ!」
真駒は息を呑み、慌てて椎葉から手を離すと……勢いよく、尻餅をつく。
「ゲホッ! ハッ、はぁ……ッ!」
床に倒れ込んだまま、椎葉が忙しなく酸素を取り込もうと呼吸する。その様子を見て、真駒は自分が何をしてしまったのか……瞬時に理解した。
「ち、ちが……っ、これは……ッ」
椎葉の首には、真っ赤な指の痕が残っている。それは、真駒が力強く椎葉の首を絞めたという、揺るぎ無い証拠。
真駒は何度も首を横に振り、無実を証明しようとするも……言い逃れできる筈が、無かった。
「ちが、俺じゃ……だって、課長が……ッ!」
『力になるから、何でも言ってよ』……そう言ったのは、確かに椎葉だ。
けれど、殺人まがいなことをしてもいいという言葉では、ない。
真駒は乱暴に、目元と鼻をこする。ワイシャツが汚れてしまうことなんて、気にも留められない。
――ただひたすらに、この場から立ち去りたかった。
「ご、ごめんなさい……ッ! あの、俺……す、すみませんッ!」
デスクから鞄を手に取り、床に落としてしまったレジ袋も拾い上げてから、真駒は社内を走り抜ける。
椎葉がどんな顔をしていたか、椎葉がどう思ったのか……そんなことを考える余裕が、真駒には無かった。
人の首を絞めた……その事実が、真駒を苦しめる。
――けれどそれ以上に、真駒は下半身に集まった熱を、持て余してしまった。
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