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第6話【善意(後編)】
椎葉は真駒に近付き、笑みを浮かべる。
「丁度良かった。君に渡したい物があるんだ」
そう言った椎葉から、真駒はレジ袋を渡された。
訳が分からず、真駒はレジ袋の中身を覗き見る。
そこに入っていたのは……消毒液と、包帯だった。
「これ……は、いったい……?」
中身を見ても、サッパリ意味が分からない真駒は、椎葉――の首を、見上げる。
困惑している真駒を見下ろして、椎葉は笑みを浮かべたまま、答えた。
「それを巻いたら、ちょっとは癖も治まらない?」
「わ、わざわざ……買ってきて、くれたんですか……?」
「うん」
椎葉はそう答えると、真駒の隣のデスクに腰掛ける。
(こんな、俺に……っ)
真駒の自傷行為は、椎葉への歪んだ愛情を抑え込んだ結果だ。それを本人に心配されるなんて……軽蔑された方が、よっぽどマシだろう。
激しい自己嫌悪に、涙が出そうになる。真駒は下唇を強く噛み、泣き出しそうになるのを何とか堪えた。
俯いて黙り込んでしまった真駒に対して、椎葉が不思議そうに視線を向ける。
「どうかした?」
「……っ、いえ……っ」
「まさか、泣いてる? あははっ! 大袈裟だな~」
そう言って笑う椎葉に、真駒は何も返せなかった。
椎葉から見たら、真駒は暗いけれど……毎日残業をして、黙々と事務作業をこなし、仕事熱心で、真面目な部下に見えているだろう。
だから、椎葉は傷の心配をしてくれているんだと……真駒は考える。
――それが全て、間違いだと知っているからこそ……真駒は、苦しいのだ。
俯きながら嗚咽を漏らす真駒の頭を、椎葉が撫でる。
――その優しさまでもが、真駒の心を傷付けているとも知らずに。
真駒は椎葉から受け取ったレジ袋を強く握りながら、何度も首を横に振る。
「ちが……俺、違うんです……っ」
「何が?」
「か、課長が、思うような……部下じゃ、ないんです……っ!」
――本当は、貴方の首を絞めたい。
――貴方の首を、傷付けたくて仕方ないんです。
そう言ってしまえたら、どれだけ楽になれるのか……真駒は泣きじゃくりながら、頭の片隅で考える。
そんなことに気付く筈も無い椎葉は、真駒の両頬を手で挟み込み、無理矢理顔を上げさせた。
「僕は君の上司だよ。心配するのは当然」
「で、でも、俺は――」
「泣く程辛いなら、一人で抱え込まないで」
前髪の隙間から……潤んだ視界で、椎葉を見上げる。
――目と目が、初めて合った。
瞬間……真駒の頭に、誰かの声が響き渡る。
――駄目だ。
「力になるから、何でも言ってよ」
――駄目って、何が?
頭の中に響く声へ、真駒は問い掛ける。
その時……何故か、真駒の両手には……温かいものが、握られていた。
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