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第5話【善意(前編)】
終業時間を過ぎ定時で帰る職員に挨拶をするも、真駒は席を立とうとしない。
あまり残業の発生しないこの会社で、終業時間を越えても事務所に残っている職員は、数えるほどしかいなかった。真駒が、そのうちの一人だ。
定時に帰宅することができないわけでは、ない。帰宅しようと思えば、真駒はいつだってできる。
だが、あえて真駒は残業をしていた。
日の長い季節だというのに、外が暗くなっている時点で分かっていたが……時刻を確認して、改めて実感する。どうやらかなりの時間、仕事に集中していたらしい。
ふと気付けば、事務所の中には自分しかおらず……真駒は腕を天に向けて、体を伸ばす。
(課長の首……今日も、綺麗だったな……)
椎葉の首元を思い出し……自然と、笑みがこぼれる。
クールビズ期間は、真駒にとって最も警戒しなくてはいけない時期だ。誰もがネクタイを外し、ワイシャツの第一ボタンを開け、普段以上に首元を露出する。首に対して異常な執着を持つ真駒には、目の毒だった。
それでも、真駒はヤッパリ首が好きだ。見たら苦しむと分かっていながら、目で追ってしまう。
――中でも、椎葉の首は格別だ。
(クールビズ……困るけど、課長の首が見えるのは……いいかも。……困るけど)
誰も座っていない課長席を眺めながら、真駒はデスクに腕を置き、その上に頭を乗せる。
今日だけで何回、椎葉の首を盗み見たか……思い出せない。なのに、真駒は今すぐにでも椎葉の首が見たくて堪らなかった。
いつも、真駒が首を掻いて血を流すと、椎葉は心配してくれる。それが、上司として部下を心配しているだけだ……ということくらい、真駒だって分かっていた。
それでも、真駒は期待してしまうのだ。
――『本当に自分を心配してくれているのなら、その首を絞めさせてくれるのでは』……と。
そんな都合のいい話、ある訳が無いと分かっていながら……真駒は目を閉じる。
――その時、足音が聞こえた。
「真駒君……? 寝てるの?」
足音と声の主は、先程から真駒が想いを馳せている相手……椎葉だ。
真駒は慌てて顔を上げ、声がした方を振り返る。
椎葉が手に何かを持っているとか、突然振り返った真駒に対して目を丸くしているとか、そんなこと……真駒にとってはどうだっていい。
真駒は椎葉の……ある一点を、ジッと見つめる。
(綺麗……っ)
思わず手が伸びてしまいそうになる程美しい、椎葉の首筋。真駒は視線が逸らせず、椎葉の首を見つめ続けた。
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