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第25話【恋仲(後編)】

 椎葉は気にした様子も無く、真駒の後ろをついて歩いた。 「拗ねちゃった?」 「……っ」 「あれ、無視? 上司を無視するだなんて、感心しないなぁ」  ここで反応したら、椎葉の思うつぼだ。真駒は必死に、聞こえていないフリを続ける。  事務所を出て、会社の外まで並んで歩く。  すると椎葉が突然、悲し気に呟いた。 「ヤッパリ僕なんて……首以外は、どうでもいいのかな……」 「そんなわけ……ッ!」  真駒は椎葉を振り返ってから『しまった』と言いそうになる。椎葉が満足そうに、真駒のことを笑顔で見下ろしていたからだ。 「か、からかわないで……ください……っ」 「あはっ。ごめんね」  トイレで想いを伝え合ってから、椎葉はずっと上機嫌だった。それ自体は一向に構わないのだが、こうして茶化されるのには慣れない。真駒はアパートに帰ろうと、もう一度歩き出して――あることに気付く。  ――椎葉が、ずっとついてきているのだ。  真駒はもう一度、椎葉を振り返る。 「課長……? いったい、どこまで……?」 「ん? 君の部屋まで」 「な、何で……ですか?」  至極当然な問いに、椎葉は一瞬だけ目を丸くした。立ち止まって椎葉を見上げる真駒は、本当に椎葉の意図が分かっていないような表情を浮かべている。  椎葉はやれやれといった様子で肩を竦めて、自身を見上げる真駒の耳元に、唇を寄せた。 「恋人が部屋に来るんだよ? 薄々、分かっているんじゃない?」 「ッ!」  椎葉の囁きに、真駒は耳まで赤くなる。すると、椎葉が突然笑い出した。 「本当に、君って……あははっ! 可愛いっ」  真駒は驚いて、椎葉から距離を取る。からかわれたのだと気付いたからだ。  けれどいつの間にか腕を掴まれていたらしく、真駒は思うように距離を取れなかった。 「トイレで君が言ったことも、可愛かったなぁ」 「わ……忘れて、ください……っ!」 「無理だよ、あははっ!」  そのまま、愛おしそうに手を握り始める。 「だって……『捨てないで』って……あはっ。そんなこと言われると思ってなかったからっ」  椎葉の告白に、真駒は返事をした。  たった一言、真駒は椎葉に『捨てないで』と……縋るように呟き、広い胸に抱き付いたのだ。  今思うと、どうしてあんなに大胆なことができたのか……もっとマシな言葉はなかったのか……悔やんでも、悔やみきれない。  真駒はもう一度手を振り払おうともがくも、手を離してくれそうにはないので、諦める。 「真駒君」  不意に、名を呼ばれた。  真駒は顔を赤くしたまま、椎葉を振り返る。 「今晩……取引じゃなくて、恋人として君を抱きたいんだけど……いいかな?」  からかうわけでも、茶化すわけでもなく……椎葉の瞳は、真剣だった。  返事をしようと口を開くも、言葉が出てこなくて押し黙る。それでも、何とか意思表示をしないといけないと思った真駒は、小さく……頷く。  そんな真駒を、椎葉はどこまでも愉快そうに眺めていた。

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