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プロローグ
「なぁ、力試しをしようではないか」
山のように大きく成長した狼は、周りを取り囲む神々を威嚇し、牙を剥いてグルルルと唸った。
何か魂胆があるのは、分かっている。
たくさんの神々が、魔物である自分を嫌っていると、知っていたから――
『本当に力試しだろうな? 嘘でないのなら、誰か俺の口に手を入れろ!』
戦いを重んじる神々にとって、腕は命の次に大事な物だ。
だから名乗り出る者など、いないと思っていた。
しかし――
「私がお前の口に手を入れよう」
なぜお前は、腕を差し出した?
青年の腕を咥えた狼は、魔法の鎖を付けられ――
『貴様ら、よくも俺を騙したなっ!!』
その青年の事だけは、信じていたのに……!
嘆いた狼は、憤りのまま青年の腕を噛み千切った。
☆ ★ ☆
「ハッ……!!」
ベッドの上で飛び起きた志郎は、上体を起こしたままで、はぁはぁと肩で荒く息をした。
嫌な夢のせいで、動悸が早い。
「クソッ……!」
悪態をついた志郎は、拳でベッドを殴る。
裸の上半身に浮かんだ脂汗が気持ち悪い。
何で今頃、こんな夢を見るんだ。
夢に出てきたあの狼――フェンリルは、志郎の前世の姿である。
欺瞞(ギマン)とイタズラを司る邪神ロキの息子で、産まれた時に世界を呑み込むと予言された。
そのためフェンリルは、力試しと騙され、鎖で拘束されたのだ。
誰にも引き千切れない、魔法の掛かった鎖で――
何が力試しだ。
魔法が掛かっているなど、一言も言わなかったではないか!
初めから、拘束する積もりだったクセに!
悔しさと憎しみに、志郎はギリリッと奥歯を噛み締めた。
しかしすぐに自分の頭を乱暴に掻き回し、肺の中の空気を出し切るように、深いため息をつく。
今さら恨んでも、もう何にもならない。
全ては前世の事だ。
一度チッと舌打ちした志郎は、軽く頭を振って乱れた髪を整え、白いシャツを素肌に掛けて部屋を出る。
自宅の二階、階段登って右が志郎の部屋だ。
ちなみに志郎の向かいの部屋は弟の世流、一階に父の優人と、その愛人の光の部屋がある。
優人と光は一応同室だ。
母は世流が小学校に上がる前に、父と別れた。
前世からの恋人である光と出会ったためだ。
光の前世は、北欧神話の主神オーディンの息子、光の神バルドルだった。
二人の前世で何があったかは、また別の話だ。
志郎の弟の世流も、前世は北欧神話の魔神、世界を取り巻く大蛇ヨルムンガルドである。
ついでに世流の恋人である徹も、北欧神話の雷神トールが前世だったりする。
ある事件が発生しているため、志郎とその家族は、前世の記憶を持っている。
つい最近、徹も前世の記憶が戻ったらしい。
その事件とは、北欧神話においての冥界、ニヴルヘルからの脱走者である。
何者かが召喚術を使い、ニヴルヘルに穴を開けたらしい。
しかもその穴がこの世界に繋がり、邪神ロキやその一族に恨みを持つ神々が、脱走してきているのだ。
復讐のために――
前世の事だから関係無い、なんて甘い事、通じる相手ではない。
志郎はため息をついた。
面倒この上無いが、襲ってくるなら返り討ちにするだけだ。
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