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第14話

「それで、どうでした?」  正しく事後。  当然のことながらすべての記憶を残したままぐったりと仰向けでベッドに沈んでいる俺には、寝返りを打つ気力さえない。そんな俺の上にかぶさるようにして首筋にキスを落としながら、日野の声がうきうきと響く。普段の不機嫌面が嘘のように表情豊かだ。  どうやら手ごたえがあったんだろうけど、今はその余裕は要らないし、なんなら逆効果だとわからせてやりたい。 「……思ったよりも気持ち悪くはなかった」 「春海……卯月さん、もう認めましょうよ。体の相性良かったでしょ? だから俺と付き合いましょう?」  日野が調子に乗った呼び方をいつものものに戻したのは、顔を覆っていた手を少しだけ外して俺が睨んだから。さすがにこの状態で名前呼びは勘弁してほしい。そうでなくてもさっきまでのリアルな感覚が簡単に蘇りそうな状況にあるのだから。  本当に、早まってしまった。なんで流されて寝てしまったんだろう。一夜の過ちで終わらせておけばこんなことにはならなかったのに。 「卯月さん……耳の先まで真っ赤でめちゃくちゃ可愛いんですけど」  両腕で顔を隠していたはずなのに、表情じゃなくそんな場所で気づかれてよりいっそう耳が熱くなる。  嘘をついた。気持ち悪くないどころか、めちゃくちゃ気持ちよかった。酔っ払ってもいないのに、真っ白になるほど感じてしまった。それが恥ずかしすぎて、しかもそれを日野に見破られてすごく死にたい。  酔っ払ってやらかして、記憶がないままに目覚めたあの朝ほど心臓にショックを与えることは人生にもうないと思っていたけれど、今それを超えた。  だって気づいてしまったんだ。快楽に負けただけならどんなに良かったか。  でも違う。  俺、日野相手だからこそあれだけ気持ちよくなったんだ。  日野の声で、日野の体で、その気持ちだからこそ恐くなるほど感じてしまったんだって。 「興味、引けました?」  自分の中のとんでもない気持ちに気づいてしまったそのタイミングで、日野が俺の髪を撫でながら窺うように問うから困った。  告白の時、はたまたセックスの時と同じ、若さでぐいぐい来やがる。だから俺はこういうタイプの奴が苦手なんだ。 「……日野、モテそうなのになんで俺?」  とりあえず話を逸らそうと腕の隙間から日野を見上げると、きょとんとした顔をされた。そういう表情をするとやっぱり少し幼い。 「いやまあぶっちゃけモテますけど」 「モテんのかよ」 「そりゃあまあ。ていうか、言い出したの卯月さんだし」  とぼけるのかと思えばあっさり認められ、思わずつっこんだ。こういう時は謙遜するのが美徳ってものじゃないだろうか。しかもそれぐらい自信があるならなおのこと、わざわざ俺を選ぶ意味がわからない。もっと可愛らしい女の子がたくさん周りにいるだろうに。 「そもそも卯月さんはなんで俺がモテると思うんです?」  自分で宣言するだけじゃ物足りないのか、俺にまでそれを言えと求めてきて、からかうなよと片腕を外した。 「……だって日野イケメンだしチャラい見た目してんのに仕事ぶりは真面目で早いし、そのくせ変なとこロマンチックで、びっくりするぐらいまっすぐに告白してくるし努力するし、そりゃ女の子は好きだろうなって」 「卯月さん、もう一回してもいいですか」 「なんでだよ!」 「それに気づかない卯月さんが天然可愛すぎてヤりまくりたい」  言うだけ言わせといて聞く気がないのか、遮るように欲望丸出しの提案をされて声を張り上げてしまった。特にツッコミ属性ではないはずなのに、日野の言動がいちいちツッコミどころ満載だから困る。せっかく俺が考えて日野のモテそうなポイントを絞り出したのに、喜ぶどころか欲を優先させるとは。とんでもない大学生だ。 「ヤりたいだけならいくらでも相手がいるだろ」 「ヤれる相手がいくらいたって、ヤりたいのは卯月さんだけです」  なまじ顔がいいから、断言口調のそれがまるで決めゼリフかのように響くけれど、言っていることはだいぶひどい。見た目で判断しちゃダメだなとせっかく少しは見直したってのに、やっぱりチャラいじゃないか。俺が苦手なタイプの、マジでとんでもない大学生だ。  そしてそのとんでもない大学生は、わかりやすくなにかを思いついたように口の端を小さく上げてみせた。イケメンだから許されるけど、本来なら悪党の笑い方だ。 「俺が卯月さんのどういうところを好きか、知りたかったら付き合ってください」  どうやら時計を盾にとって取引を持ちかけた結果こうなったことで、味を占めてしまったらしい。でも、俺を脅迫するには材料が足りない。だってそれはその時点ですでに聞かされたことだ。 「……いや、それこの前聞いたから別に」 「あれダイジェスト版」 「あ、あれで?」  平然とした顔で告げられた言葉に思わず声がひっくり返った。  結構細やかに俺のことを見ていたということは告白の時に聞いた。悔しいかなそれで少しだけ日野に興味を持ってしまったんだから。  それなのに、あれが一部でしかないってこと? あれ以上なにがあるっていうんだ? 「ディレクターズカット版聞きたいでしょ? スペシャルエディションで、腰が抜けるほど気持ちいいことついてきますよ?」  俺が素直に頷く自信があるのか、日野が我が意を得たりとでも言いたげな表情で上から目線の誘いを投げかけてくる。  どうやらすっかり調子に乗っているようだ。そうこられるとこちらも逆らいたくなるというか、子供に負けたくないというか。  むしろ単純にむかつくな。  疲れているせいで思考が単純になっている俺は、考えるのが面倒になって両手をついて上半身を起こした。そして自信満々でチャラさ全開な日野を引き寄せ、思いきりキスしてやる。 「!?」  ぶちゅっとでも音がしそうなほどの勢いでした俺からのキス。それがよほど予想外だったのか、今までよく回っていた口が薄く開いたまま固まっている。それがフリーズから再起動して思い出したように深めようとする前に離れると、そのまままっすぐ瞳を覗き込んだ。 「夏彦、付き合ってやるから話せ」 「…………はい」  一転攻勢に出た俺の勢いに押されて、日野が大人しく頷く。その上で「大人ってずるい……」と拗ねた子供の顔で呟いた。  その姿を見て、ちょっと可愛いなと思ったり思わなかったりしたから、もう一度、今度は大人のキスをした。  別に星空に感動して劇的に好意を抱いたわけではない。ほだされたってだけでもない。  出会って色々あって付き合って、そうやって好きになっていくというただのよくある話だ。  もちろん酔っ払って記憶のない間に体から、なんて出会いのタイプとしては良くない話かもしれないし、俺の人生にとっては「あるある」どころかまったくもってよく「ない」話だけれど、それでも言うなれば「積み重ね」だ。積み重ねで好きになられた俺が、その相手をそうやって積み重ねて好きになっていくってだけのこと。  だからもう一度改めて、ここからよくある恋愛話を始めましょうか。

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