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第1話

    「ずいぶんとまあ……待たされたもんだねぇ」  その日出会った “番” は、指をしゃぶっていた。  造血鬼として生を受けて三〇〇年。漸く番となる吸血鬼が生まれてきた。 「元気に乳を飲んでいるようだね」 「ですが番から貰う血よりもはるかに栄養も足りないですよ。血を差し上げてはいかがです」 「そうだねぇ……」  母親に抱かれ、んくんくと元気に乳を飲む嬰児とその嬰児を愛おしそうに見つめる母親を見遣り、嬰児の父親に「よろしいのです? 離れることになりますが」と訊く。  吸血鬼は産まれたときすでに番がいる場合、番からの血を飲まなくては嬰児は育たない。番がいない場合は番のいない造血鬼から血をもらい命を繋ぐ。――嬰児の吸血鬼は、ひどく脆い。 「よいのです。番がいるのであれば番から。それが私たちの理です。定期的にお顔を見せていただければ、それで」 「――御母堂はよろしいので?」 「あれも理解しております。私たちも、似たようなものですので」  嬰児の母親は吸血鬼、父親は造血鬼。父親は一〇年ほどはやく生まれ、母親を番として、のちに伴侶として迎えたらしい。 「ならば、あの子はこのあとこちらで引き取りましょう。……名前は決めたのですか?」 「ええ。魚月、と」 「なつき。漢字は?」 「魚に月でございます」 「なつき、魚月。良い名ですね」 * * * *  ナイフで指先を切る。途端に溢れ出す血を彩入を見上げる嬰児の口元へ。 「ほら、お飲み、坊。大きくおなり」  先程与えられていた乳など、まるでなかったことのように勢いよく、嬰児は血を飲み始める。 「嬰児はどれぐらい飲むのかねぇ。さすがに飲まれ続けたら、貧血になりそうだね」 「ご冗談。造血鬼が貧血など聞いたことがありません。彩入さま、こちらに紅茶を置いておきますので」 「ありがとう。今日の料理は鉄分多めで頼むよ」 「承服しました。では、のちほど」  部屋から出ていく従者に手を振り、未だに飲み続ける嬰児に息を吐く。 「本当に、よく飲むお子だね」  ぷは、と嬰児は彩入の指から離れる。  吸血鬼の唾液は厄介なもので、血が出づらいところでも吸血鬼の唾液によりよく出るようになる。とぷとぷと出続ける血を舐め、ついでに傷口を塞ぐ。造血鬼の体液は治癒だ。 「はて、いち日何回あげるべきなのかねぇ」  とんとんと背中を叩きゲップを促す。  家族に子育てを聞いておいてよかったと心底思う。 「げぱ」 「ぱ。――ぱ?」  どろ、と服についた今しがた与えたばかりの彩入の血。 「おや、まあ」  血の洗濯は面倒なのだと、洗濯係が言っていたことを思い出す。    

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