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九、六月一六日

マポッターは昨夜、少しだけ賑やかだった。 『龍神祭お疲れ様~っ! 今年も賑やかに出来たのは皆のおかげだよ! これからもよろしくねっ!』  と、シカはテンションが上がっていたし、 『今年も無事に祭が終わって何よりです。ところでウシとキツネはいい加減何とか言ったらどうなんです?』  と、タヌキはいつも通り怒っていたし、 『さっさと次の御子に狙いを変えたらいいんじゃないッスかねー。何の情報も上がって来ないし、正直探すのめんどいんスよねー』  と、愚痴るイヌに、 『とりあえず佐久間は滅びろ』  と、相変わらず物騒なネコ。  マポッターを見ている限り、本当に皆、八方塞なようだし、タヌキでさえ『このまま次の御子が選ばれるまで待った方がいいのでしょうか』と弱音をこぼしている。これは少し安心出来る情報だけど、不穏な事を言うのはヘビだ。 『とはいえ、タヌキ側に情報が売られてないだけで、キツネが他の魔法使いや一派にリークする可能性は残ってるよねー。案外ここでも皆、情報戦やってるんじゃないのー? ま、皆頑張れー。僕は生温かい目で見守ってまーす』  本当に、問題はそこに限る。キツネ君が、本当に俺を売り渡さない保証なんて、何も無い。彼が楓君である以上、九条家の人間だから、保守派に渡そうとしているかもしれないんだから。  漠然とした不安は毎日のしかかってはいる。風呂に入る時は必ず窓を閉めて、背後を確認するようになってしまった。情けない話だ。早くこんなのは終わってほしい。  その日の朝。いつものように長谷川のお爺ちゃんを診て、朝食を摂っていると、宅配が来た。大きな段ボールに入って来たのは、猫用のエサやケージだ。いそいそと箱から出していると、由良君がやって来た。 「センセ、おはよォ。何してるの?」 「やあ、おはよう。いやね、最近猫を家の中に入れる事があるんだけど、ほら、雨の日とかに、来客とかで外に放り出すのもかわいそうだから、そういう時はこの中に入ってもらおうかなと思って」 「ふぅん、猫ねェ……」  センセは人間相手じゃなくても優しいんだねェ。由良君がそう言う。優しい、などと自分では思わないけど。 「まあいいや、作業は後にして診察……ん? 由良君、それは?」  ケージの組み立ては後回しにして由良君を見ると、彼は両手に鉢植えの入ったビニールを下げていた。花の事も植物の事も判らないけれど、片方は赤い花が綺麗だったし、もう片方はハーブなのか、とてもいい匂いがした。 「ああ、これねェ。おふくろがいつもお世話になってる礼に持って行けってねェ。ほら、あの人、ガーデニングが生きがいだからさァ。花が枯れたら終わりなんだから、ゲームだって同じだと思うんだよねェ、サービス終了したら同じなんだから、ゲームやめろばっかり言わないで、あの人ももうちょっと僕の趣味に理解を示して欲しいもんだけど」 「とはいえ、家を追い出したりしないんだから、由良君は優しくしてもらえてるんじゃないかな……」 「やだなァ、センセ、マジレスされると死にたくなっちゃうよォ」  由良君は暗く笑った。本当にこの子も、何を考えているかよく判らない。まあ、悪意は無いんだろうし、こうして外に出るようになっただけでも、彼なりの進歩なんだろうし。皆で責めてもたぶん、仕方ないんだろう。 「なんていう鉢植えなの? お母さんにありがとうございますって伝えてもらえるかな」 「そりゃもちろんだよォ。でも名前は忘れちゃったなァ。技名は覚えられるけど、どうも花の名前は全部同じに聞こえちゃってねェ」 「えええ……な、何か覚えてる事無いの? 断片でもいいから……育て方、とか……枯らしちゃもったいないし……」 「えーとねぇ、あー、日当たりがいいトコに置いてくれって言ってたかなァ。でも良過ぎてもダメだから、そうだなァ、生垣の近くに置いておくといいんじゃないかなァ。ああでもそしたら、猫ちゃんがひっかけちゃうかなあ」 「まあうちに来てる子達は大人しいですし、大丈夫かな……ありがとうね、由良君」  御礼を言って、鉢植えは庭の生垣の根元に置く事にした。ここからなら縁側からも見れるし、外で待っている患者さん達も見て楽しめるだろう。改めて由良君のお母さんには、御礼に行こうと思った。  由良君の診察をする、といっても、相変わらず彼は貧血気味なぐらいで、意外と健康だ。すぐに雑談へと変わるけれど、「最近何かありましたか」と尋ねたところで、ゲームの話しかしないので、なかなか聞くのも大変だ。ゲームなんて子供の頃以来していないから、よく判らない。 「それにしてもセンセ、御子って誰だったんだろうねェ?」  由良君がそう言って首を傾げる。もう過去形なんだね、と言えば、まぁそうだよねェ、と笑う。 「マポッターの魔法使い達も諦め気味だしねェ。今回の非協力的な御子とキツネの事は諦めて、キジさんの御子にしちゃおう、みたいなねェ。僕は別にどうでもいいんだけどさァ、ほら、誰が御子だったのか、判りにくいルールだからねェ。タネ明かしの無い手品みたいなもんでねェ、モヤモヤしちゃうよねェ」 「まあでも……仮にその御子が村長を選んだとしても、方法が方法だから、公にしないほうがお互いの為かも……」 「その点、村長側は勇気有るよねェ、ホモだって公言してるようなもんなんだからねェ」  それは、そうかもしれない。抱くか抱かれるかしてないと、村長になれないなら。 「……あのさ、その……なんだろ。この村には、普通の選挙で村長を選ぼう、……みたいな風潮は無いの?」  小声で聞いてみると、由良君は「うーん」と天井を見上げる。 「僕はあんまりそういう事に興味が無いから、よく判んないんだけどさァ。でもネットとかで見る限り、何処でも同じなんじゃないのォ? 仮に投票用紙に名前を書いたとしてさァ、その村長候補がどんな人か知ってて投票するなんて、極々狭い村での事ぐらいじゃないのかねェ。まして支持してる人以外の候補者の事も熟知してるなんて人、そんなに居ないだろうし、結局、立候補した人からしか選べないんだし、お上の事はお上の事、として割り切ってるんじゃないのかなァ。誰がなったって同じなんだよォ。同じじゃないとしたら、そりゃ、都合が悪くなった時に初めて判るってねェ。佐久間だって感謝してる人は少ないよォ、都合が悪い事が有った人は憎むし、別に都合が悪くない人は、佐久間で無くても良かったと思ってるしねェ」  由良君の言う事は極論な気はしたけれど、なんとなく、判らなくもなかった。  仮にこの村で、普通の選挙が行われていたとして、俺はどれぐらいの調査をして、どれぐらいの責任を持って、投票に行くんだろうな、と。そう考えると、佐久間さんはいい人だし、感謝はしているけど、尻は差し出したくない、と思うのだから、俺の責任感などそれぐらいなのかもしれない、と思った。思ったけど、何か話が違うような、気もした。

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