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第1話

整備士という職種は何かと大変だ。 次々入ってくる修理や点検の作業、車の回送、お客への対応。 工場の中は灼熱だったり、極寒だったり。 グリス(油)を使うので手洗いのせいで荒れるし… 車いじりが好きじゃないとなかなかやっていけない。 「おはよございまっすー!あー暑い!!うへえ、なにこの作業予定…」 事務所に置いてある今日の作業予定表を見つつ、逢阪(おうさか)は思わず呟いた。 昨日までの予定より3件増えている。これだと昼休憩もままならない日程だ。 「逢阪、悪いな。昨夜お客から緊急の連絡があってさー」 カウンター越しに整備士を束ねている山本リーダーが頭をかきながらごめんと手を合わす。 「山さんのせいじゃないっすから…」 家から持ってきたオニギリを頬張りながら欠伸をした。 逢阪が整備士となってこの会社に就職したのは2年前。 元々車が大好きで、中学生の卒業文集に『将来の夢は整備士』と書いていた。 晴れて整備士になったものの、現実は厳しかった。 同期入社した何人かは環境の厳しさに耐えられず、退職している。 それでも逢阪が整備士を辞めようと思った事がないのは車が好きな事と、配属されたこの 店舗の雰囲気が自分に合っていたからだ。 整備士仲間もだか、営業担当とも仲がよく月に一回は打ち上げと称して店舗スタッフ全員で飲み会を開いている。 ただ一つ、頭が痛いのは1年前に赴任してきた店長の浅倉だ。 とにかく馬が合わない。 浅倉は何に対しても冷静だった。 何でもかんでも自分から率先して話しかけてきてくれた前任店長と違い、こちらが話しかけるまで浅倉は黙っている。 背が高く、細身の浅倉はモデル並みにイケメンではあるが無表情に近いので近寄りがたい雰囲気を醸し出している。 明るく茶化す事が大好きな逢坂には苦手なタイプである。 それに加え、自分と2歳しか違わないのに支店長候補というのも気にくわない。 支店長に進むということはエリートコースでそのうち本社に呼ばれるともっぱらの噂だ。 浅倉の年齢で支店長候補なのはこの会社で初めてのことで、本社もかなり期待している事がわかる。 「この2人、店長のお客?」 カウンターに置いてあるリストを見ながらリーダーに聞く。 「そうそう、店長が逢阪につけろって。オレ的にはお前じゃなくてもって思うんだけどねえ。 少し立て込みすぎな気がするし」 (・・あの野郎うう) もう一つの浅倉の嫌いなとことは、何故か逢阪に対して「厳しい」ところだ。 「何か浅倉さんて、俺にやたら厳しくねえ?小さい間違いでもネチネチ言ってくるし、作業も俺によく入れてくるしさ。2歳しか違わないのにさあ、偉そうに」 「ははは。確かにお前さんにはキツイかもなー。でも店長、お客にも評判いいしねえ。 営業の奴からも悪い話は聞いた事ねえなあ」 卓上にあった団扇であおぎながら山本が笑う。 「ちぇっ山さんはあっちの味方かよー」 それでもブツブツ逢阪が言っていると、背後から頭を突然小突かれた。 「何だ、逢阪。問題でもあるのか」 慌てて振り向くと、浅倉本人が立っていた。 (気配なく背後に立ってくるのも勘弁…!) 「お、おはようこざいます」 今日も高価そうなスーツに身を包んだ浅倉は「おはよう」と一言告げて外に出て行く。 「あーびびった。山さん、気がついてたんなら言ってくださいよー!そっちからなら 気づいたでしょうよ!」 「いやもう何というか…」 ぶぶっと笑う山本を恨めしそうに逢坂は見る。 「ただでさえ、好かれてねえんだから。給料査定に響くわー」 ぼちぼち作業に入ります、と工場へと向かおうとした時に再度、浅倉が入ってくる。 「逢阪、俺の車の洗車、帰りまでにしといてくれ」 「え?店長の?洗車機かけたらいいじゃないですか」 「馬鹿、手洗いだ。給料査定に響かせたくなかったらやっとけ。毎日な」 「〜〜っ!!」 とうとう山本が大声を出して笑った。

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