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第2話

しかしながら人生色々。恋愛……もとい、性欲に関しては興味と好奇心の対象となった。恋愛の何が人を動かすのか、何が一番人の性欲を掻き立てるのか。一生をかけてでもそのメカニズムを解き明かしてみたい。 「矢千さん、また患者……お客様が相談に来ました。予約無しなんですけど、どうしてもって言ってて。話を聴いてくれないなら今ここで死ぬって仰ってます」 天井の照明が先程から不規則に明滅している。もうすぐ切れそうだから取替えなくてはいけない。 ソファに仰向けに寝転がりながら、ふやけた思考で考えた。 カウンセリングルームの扉を恐々覗く事務員に今行きまーすと答え、ロボットのようなぎこちなさで上体を起こす。 今やっと昼休憩をとれて仮眠していたのに、なんて迷惑なお客様だろう。そんなに死にたいならさっさと死……いけない、疲れがたまってるみたいだ。 ここへ来てもう一ヶ月になるが、本当の本当に仕事しかしていない。矢千は“男性専門の恋愛相談事務所”に軟禁状態にあった。 このご時世から、同性間の婚姻相談の案件が爆発的に増加している。同性愛者の為の結婚式場、住宅、職業、手当諸々も政府の意向により充実していた。 ならばと言うか、その一歩手前の恋愛に目をつける企業も山のように溢れた。今勤めて(捕まって)いる所も、事務所と名乗りながら複数の支社を展開している親会社だ。男性客の恋愛相談を専門にする、高科支援事業所。恋愛に関する相談、トラブルなら何でも着手する。「容姿にコンプレックスがある」という相談なら提携している整形の医療機関に協力を要請するし、恋人と綿密な人生プランを立てたいと言われれば専属のプランナーを手配する。疑似彼氏が欲しいと頼まれたら期限付きのレンタル彼氏を系列の人材派遣会社から引っ張り出す。 何でも引き受けると謳ってはいるが、本当にここまで何でもしてくれる会社は少ないだろう。だから「貴方はもう独りじゃない。明るい未来はすぐそこに」という小学生が考えたようなキャッチコピーに反し顧客数は日毎に増加していた。 面白い事業に変わりはないけど、それだけにちょっとアホらしくて笑える。 エナジードリンク片手に部屋を出て、白一色の廊下を進んだ。途中通り過ぎた事務室では電話が鳴り続けていた。キーボードを叩く音、ファックスの起動音が止まらない。人も機械もフル稼働。一年中忙しいのは他社なら素晴らしいことだ。弊社の場合……少なくとも、自分は嬉しくない。 そう広くない待合室へ行くとひとりの青年が長椅子に寝転がって唸っていた。いや、正確には肩を震わせて嗚咽している。 「良かった、矢千さん。あの患者……お客様が、何で俺には二十三年も恋人ができないんだ、って。こんなの不公平じゃないかって仰ってます」 事務員の崎が困り顔で耳打ちしてくる。もう正直に患者と言えば良いだろ、と苦々しく思った。 客は様々な悩みを抱えてやってくる。ここに務めてる人間は、大半が彼らのことを精神に異常をきたした重症患者だと思っていた。確かに、たまに発狂して暴れたりする人間がいるからその気持ちもよく分かる。 だけど彼らが羨ましいと思う時もある。 好きな人を想うことで時間を忘れたり、怒ったり、喜んだり、形は違えど生き生きと行動できることが素直にすごいと思っている。やはり恋愛は人の動力源なのだ。 部屋には彼しかいなかった。暴れられる可能性がある為受付も一旦裏に回ってもらい、扉をクローズした。ふて寝を決め込んでいる青年に一定の距離を保って近付き、優しい声で話し掛けた。 「あの、私スタッフの矢千と申します。お話をお聞かせ願えますか」 「何だよアンタ……アンタもどうせ馬鹿にしてんだろ! 俺が恋人ひとりつくれないから! 大学行けば絶対できると思ったのに、ふざけんなよ!」 モルヒネだ、ありったけのモルヒネを持ってこい。心の中でのみエマージェンシーを叫び、目の前で手を組んだ。 「二十三年恋人がいないと伺いましたが……」 「あぁ!」 「はは、私なんて二十六年恋人がいませんよ。大卒なら二十三なんて、社会人一年生じゃありませんか。会社勤めをして、これからやっと大人の恋愛ができる。素晴らしい人と巡り会える機会が訪れたんですよ……! だからそのお祝いをさせてください」 「お祝い?」 「えぇ。やはり本気の恋愛をする前にそれなりの性知識とテクニックは必要だと思うので。いざというときに貴方が困らないよう、私が全力でお手伝いします。とりあえず上か下か選んでください。童貞でも処女でも問題なっ!」 会話は不自然に切れた。後頭部に凄まじい衝撃が走り、矢千が崩れ落ちた為だ。矢千の背後に佇むのは、スーツを身にまとった長身の青年。 「合法的に相談を受けてくれないと困るけど、矢千くん?」 「いっ、あっあぁ……大丈夫です。緊張してるみたいだから最初はジョークを交えて……真面目に受ける気、でした……」 矢千の弱々しい声を聞いても、彼は猛禽のような目付きで睨みをきかせている。それはもちろん矢千に向けていたものだったが、殺伐とした空気感に耐えられなくなった青年が「何か大丈夫な気がしてきたんで帰ります!」と走り去っていった。

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