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治療と情報提供先 2
目が覚めて自分が眠っていたことに気づいた。
座っていたソファではなく大きめのベッド。真新しい匂いがするのでキシさんが使っているものではないのだろう。
なんだか不安になったけれど「ヴ、ヴ、ヴ、ヴらっでぃ~オレンジはジューシー」とかキシさんの陽気な声が聞こえて馬鹿らしくなった。
思わず壁に手をついて痛くない指に視線を向けるとそこにはグローブがあった。
ボクシング選手が手に付けるグローブ。それ以外の言いようがないものが手にハマっていた。
手を開いて握ってを繰り返す。間違いなく自分の手。
両手ともグローブ。
そして眠る前まで俺を苛んでいた痛みはない。
空腹感は変わらないけれど睡眠をとったからか頭痛や吐き気などはおさまっている。
爪の痛みも全く気にならない。
キシさんが何か薬で麻痺させてくれているのかもしれない。
熱っぽさも消えて思考もクリア。
「キシさん……もしかしてツボ押ししてくれた?」
針治療なのか何なのか疲れ果てた俺の父親はたびたびキシさんに頭を下げて寝室に消えていく。
父親は戻ってくるとスッキリした顔で顔色がよくなっている。
そして首元や手首などに丸い形の絆創膏。
休日に仕事の疲れで動けない父親を見かねて始めたらしいキシさんの行動。
だけれど腕は確かなのか父親はよく世話になっていた。
四十度の熱があってもどうにか直していたので効果があり過ぎる。
怪しいと思っていたけれど、いざ自分が処置してもらうと感謝しかわかない。
痛くないなら多少怪しくても構わない。
俺の母親だって何処かの山奥から仕入れた希少な植物を煎じたものを飲んで健康とか言っている。たしかに若作りな母だ。
雄大の父親が姐さん女房で頼りになると雄大の母親に言っていた。雄大の母親は俺の母親と同い年なのでつまり父親と並ぶと年下にしか見えない母親の方が年齢が上なのだ。
「ツボっていうか……急に変死しないように整えておいたよ」
「変死……ッ!?」
「変なクスリをちゃんぽんで使われていたし、暗示もありそうだったから。血中の成分変だったし」
「はぁ!?」
「ちゃんぽんっていま、初めて使った。なかなか使わないね」
「そういうことじゃなくてっ」
「長崎ちゃんぽんは別ね。麺類好きな知り合いが毎日たべてた」
「それはどうでもいいっ」
「毒抜きしたよーっていう話。身体楽になってるだろ」
「有能だね!?」
驚きすぎて語尾の勢いが消えない。
自分で思うよりも危ない状態だったのかもしれない。
「火事場の馬鹿力みたいなもので身体にかかった負荷は後からくるんだよね。介入するのはよくないかもしれないけど悪意を押し売りされたなら善意も売りつけてあげようかと」
「おいくら万円?」
「フレンドになって!!」
「やすっ」
勝手に俺のスマホにゲームアプリをダウンロードしていくキシさん。俺の手がグローブなのでやれって言われても困るので助かるけどそこまでして新キャラが欲しいのか。その執念はなんだ。
あまり物事に頓着しない人だと思っていたので意外だ。
「欲しいと思って何でも手に入る環境はよくないって知った。こんなに焦がれるなんて!」
「強いの?」
「最強の一角に片足をかけるかもしれないと言われている」
物は言いようみたいに本当はどうなのかよく分からない。レアならなかなか手に入らないのでサンプルも少ないのかもしれない。
「最強のアイテムをつければ最弱でも最強になる」
「弱いんだ」
「吸血能力はヴァンパイアしか持っていないからレア中のレアなんだ」
ツッコミを入れるのも野暮かと思って聞き流す。
キシさんから教えてもらったという扱いでゲームを始めると俺にも特典があるらしい。
正直それはどうでもいい。
「情報屋って本当の話?」
「学園内でのことなら百パーセントで対処してくれるらしいね」
「代わりに何かある?」
「さあ? お金とるかもしれないけどそれは仕方がないんじゃない」
「……そりゃあそうか」
「単純に誰かに話しを聞いてもらうと気分も違うからいいんじゃない」
俺の話を聞く気がないキシさんは搾りたてのオレンジジュース美味しそうに飲んでいた。
自分だけというキシさんに「優しさが足りない」と言えばストローつきで俺の分をテーブルに置いてくれた。
グローブな手なので自分でグラスを傾けるのは大変なのでストローは助かる。
ゲームが始まったのでどうする方思ったらタッチペンを渡された。
「野菜と塩だけで煮込んだスープを食べるといいよ」
「あるの?」
「これから作るからゲームしてて」
「キシさんは抜けてるね」
時計を見たら俺が寝ていた時間は三十分あるかないかなのでキシさんを責めるのも違うかもしれない。
大人しく出されたジュースを飲む。
ゲームのチュートリアルを読まずに進めていく。
文字チャットが一文字ずっと画面上部に出ている。
発言するとチャットルームに入っていなくても発言者と発言の冒頭が見れるらしい。
三人ほどが何か話をしている。
近頃って物騒だよねという話題で「彼女が他人にヤられていると彼女悪くなくても引く?」という文面に思わずタッチペンを使って連打してチャットルームに入る。
よくある文字チャットのように入室しましたというアナウンスが入るわけでもなく何人がチャットルームにいるのかの表示もない。
ROMの人数も分からない状態でなかなかきわどい話題をしている。
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