62 / 74

愛してるからこそ地獄行き 12

 ミネラルウオーターを哉太は飲まない。  俺のために哉太の部屋の冷蔵庫に用意されている。  今まで当たり前だと思っていた哉太の場所にある自分のモノ。実感すると死にたいと思っていた気持ちが押し流されていく。  死を願うのは自己満足だ。哉太のための行動じゃない。自分がかわいそうだと思ってるからこその逃避行動。  息を吐き出して気持ちを入れ替える。  チャット仲間のくもりよに躁鬱と言われたがそんなつもりはない。  ちょっと浮き沈みが激しいだけだ。そして、俺の浮き沈みは全部、哉太が関係している。  愛は天国にも地獄にも俺を連れていく。  スマホを操作して今一番仕事をするべき人間を呼びつける。   「俺だ。副隊長を拘束しろ。……口の堅い隊員を数名、金宮哉太の寮部屋まで寄越せ」    電話に出た相手が何かを口にする前に指示を出す。  息を呑んでいる相手に構わず言葉をつづける。   「他の生徒会役員の隊長、副隊長も拘束しろ。序列に関係なく抵抗の意思がある親衛隊員も含めて拘束して構わない。……生徒会長の、俺の親衛隊長ならそのぐらいできるだろう」 『はい、雄大様』 「行動する隊員は武装の許可を出す。責任は俺が持つ」 『雄大様っ、それは!!』 「俺の責任になると分かった上で軽率な行動をとる程度の隊員しかいないなら用はない」 『そんなことはありませんっ』 「俺を好きだと言うのなら俺のためになる行動をしろ。崇拝も忠誠も必要なのは誓いの言葉ではない。……行動で示せ」 『全力で事に当たらせていただきます』    見た目は小具のような茶番をやりそうなふわふわとした容姿の先輩だが中身は軍人みたいだ。中間管理職が似合う指示待ち人間。  哉太からは親衛隊を駒にするなと言われているが駒が駒として楽しそうに動いているからこれはこれでいいと思う。最初から駒を駒として割り切って接していれば哉太に危害を加えようなんていう愚かな考えにならなかったのではないのかと思う気持ちもある。哉太が恐怖政治だと口にしそうだから動かなかったのが悪い方になった。  毒虫に優しくしたり情けをかける意味なんかない。虫は虫でも益虫ならともかく害虫は駆除するべきだ。   『副隊長へ伝えることはありますか?』 「何もない。俺は虫の死骸を観察する趣味はない。記憶に留めることもない」 『はい、その対応が彼には一番堪えるでしょう』 「どうでもいい虫だが俺の大切なものに傷をつけたんだから息の根はキッチリ止めさせてもらう。これは報復でも何でもなく人体の持つ当たり前の反射行動だ」    蚊に食われているのを発見したら反射的に叩くだろう。蚊を潰そうとする。人によっては手で払うのかもしれないが俺は手のひらできっちりと押しつぶす。手が汚れるのでスマートな解決ではないかもしれないが俺はそういう風にしか動けない。  生徒会長、俺の親衛隊副隊長。  俺に責めて嫌われたい、俺の記憶に留まりたい、そう思っているのなら叶えるわけにはいかない。  今後一切会うこともない。俺から責められることは副隊長からすればご褒美だ。  その思考は理解できないことだが相手の喜ぶ行動をとる必要はない。  動かせる駒はあるのだから何とでもなる。    隊長に指示を出し、確実に説明が必要になる相手にも連絡を入れる。  案外すぐに電話に出てくれた。  ぼんやりとキシさんから連絡をもらっていたらしいので多少の心構えはしていたみたいだが低い声で怒られた。  当然なので甘んじて受け入れたが精神的なダメージが酷い。泣きたい。哉太はもっと泣きたいと分かっていてもやっぱり泣きたい。    ペットボトルを空にしてやっと電話を切る。  待たせてしまったが、別に気を遣うこともない。     「話を聞かせてもらおうか、傍観者」    書記を見て俺は口を開く。  哉太が俺に映像の中で誰がどんな行動をとったのかまとめろと言ったのは無言のメッセージを読み取って欲しいからだけじゃない。  大切なのは目には見えない事実。  映像の中にないものを把握したかったからだ。  本当は哉太自身が見た方が一発でわかることだが、哉太は俺に任せた。  俺を信用している以前に自分の精神状態から哉太は映像を見ることが出来ないと判断したんだろう。  見て冷静でいられないと思ったから俺に任せた。哉太はギリギリだ。俺が哉太を突き落とした。その自覚はあるくせに泣いているんだから俺は救えない。    映像の中にないもの。  それは撮影している人間だ。  三脚を使ったりしてカメラを固定していたのならまた別だが明らかにアップにしたり手ブレがあったりするのなら撮影者がいる。哉太に群がるウジ虫どもを少し引いた状態で撮影している傍観者。  自分は関係ないという顔をしている犯罪者。    俺が渡された映像の中に書記と哉太が接触しているものはなかった。それどころか書記が映っている映像自体が一瞬もなかった。声すら入っていない。元々、無言の奴だがこれは意図的だろう。  仮に動画を哉太の暴行の証だと警察に持って行った場合、書記は巻き込まれただけ程度のものとして処理される可能性が高い。主犯を雛軋や双子に押し付けて自分は関係ないという顔をし続ける。  双子から聞いた限りだと元動画を含めて書記が持っているらしい。なら事実を知り隠ぺいできる位置にいるのは書記だ。そして、それを悟らせないようにもしている。最初から一歩引いてマイペースに生きているから誰も疑問に思わない。   「お前、そこの小具が好きというわけでもないだろ」 「小具の名前は覚えてるんですね」 「必要になったからな」 「生徒会役員は役職でしか呼ばないのに……」 「名前を呼んで欲しかったから今回のことを計画したなんてくだらないことを言うなよ、栗林みなと」    俺がそう言うと書記、栗林みなとは楽しそうに笑った。  ほとんど無表情だった書記のこんな顔、初めて見た。   「五月雨会長、ちゃんと俺の名前を知ってたんですね」  満ち足りたような笑顔は不気味だ。  力で負ける気はしないがガムテープで他の三人のようにグルグル巻きに拘束しておくべきだったかと一瞬考える。  得体が知れない相手と対峙している気分だ。

ともだちにシェアしよう!