63 / 74
好きな相手を好きな人 1
『ははっ、謝る相手がちげーし。同じ言葉を口にした哉太に何したよ?』
電話口から雄大の声が聞こえたことで俺の覚悟は決まった。
どう転んでも負けることはないという確信と自分が加害者に回りかねないという危惧。
俺は自分がされたことをそのままに出来ない。泣き寝入りをするような人間でいられない。
だから、安全地帯にいる相手を引きずり降ろさないといけない。
このままじゃ終われない。
「なにこれ?」
切れてしまった電話に首をかしげる雛軋に満面の笑みを見せる会計。正直見てしまった下半身にドン引きだ。勃起していた。
身体を震わせながら「サミーがどんな顔をしているのか見たいなぁ!! 息を飲むほど綺麗なんだろうねえ!!」と言いながら興奮している。気持ち悪い。
なぜか俺に近づいて来るのでゾッとする。
「サミーと間接キスしたいなぁ」
そう言って俺の顎を掴んで上に向けさせて近寄ってくる。
冗談じゃないと思っていたらチャイムが鳴って会計の動きが止まる。
タイミングとして雄大が来るには早すぎる。ここは会計の部屋で雄大は俺の部屋にいたはずだ。
無視しようとする会計を煽るように連続してチャイムが鳴らされる。
こういう幼稚な悪戯は昔よくされたけれど雄大が俺の部屋に来るようになって消えた。
五月雨雄大生徒会長に対してピンポンダッシュする勇気のある生徒はいないのだろう。
「もー、誰だよぉ」
役員の玄関先にはカメラが取り付けてある。誰がいるのか確認してから扉を開けるのは人気者の宿命らしい。
足の指にぐっと力を籠めると思ったよりも動く。だが、これではまだ立ち上がって歩くのがせいぜいで走るのは無理そうだ。
雛軋が「あぁ、そうだ」と何処かに消えたと思ったら俺にペットボトルを見せてきた。
頬っぺたにペットボトルを押し付けられる。冷たい。
「利尿剤入りのお茶。……これ、飲もうね。身体に力が入らないから垂れ流しになるだろうけれどクスリも体外に出て行くよ。大丈夫、ちゃんと綺麗に後始末してあげるからね。どんなキミだって愛しているから」
俺の太ももを撫でてくる雛軋の気持ちの悪い指先。皮膚感覚が鈍いせいであまり感じないことが幸いだ。
口元に近づけて傾けてきたペットボトルからお茶がこぼれる。
「あぁ、上手く飲み込めないかな? 助けてあげるね」
ペットボトルを口に含もうとする雛軋を会計が止めた。
意外だと思っていたら「副会長がきた」と口にした。
そして、テレビを消してそのまま玄関に向かう会計に雛軋が「どうしたの」とたずねた。
「いや、なんかパンを持って来たって。……玄関のドアノブに引っかけてって言っても届けてやっているんだからちゃんと顔を見て礼を言えってさぁ」
「パン? あっ」
自分が手ぶらであることに気づいたらしい雛軋は「僕のだね」と肩をすくめた。
俺に抱きついた時に買っていたパンを雛軋は落としていた。それを副会長が会計のところにわざわざ届けに来たらしい。
納得したらしい雛軋は会計に「参加したがるなら連れてきてもいいよ」と手を振る。
副会長に責任を擦り付けるつもりなんだろう。
首が動くことが雛軋にバレた。
「副会長におしっこしてるところ見てもらおうね」
笑顔で吐き気のすることを言われる。以前の副会長ならそういうものだと思ってツッコミを入れてこなかったかもしれないが、俺と会話した後の副会長なら違和感に気が付くだろう。気づいてもらわないと困る。そこまで目が節穴だったら社会で生きていけない。俺の異常に気付いて何とか対策して欲しい。雄大を呼ぶぐらいして欲しい。
情けないが俺の身体の自由が利かないのなら雄大は物凄く強い。
俺がいると無意識に手を抜き出すのが雄大だ。俺を守ると言いつつ守られキャラだ。甘え上手な雄大をかわいがったりする俺のせいなのは分かっている。だが、俺が怪我をしたり不調だったり動けなくなった場合、雄大は鬼のように強い。いつもの天使のようにかわいい雄大は何処に行ってしまったのかと思うほどに即断即決即座に抹殺。
元々ポテンシャルが高いので強いのだが俺に頼って甘えたいので雄大は自分で動かない。これは雄大というよりも俺たちの悪癖だ。俺が率先して何かをしようとして雄大がついてくる。俺が動けない時だけ雄大が動く。そういう癖がついてしまっている。
そして、二人ともが上手く出来ずにいた、この学園での友人関係の構築などは全く手つかずになってしまった。
信頼できる相手、助けてくれる相手。それがお互いしかいないという淋しい空間は二人で進み過ぎた結果として作り上げたものだ。
「彼から、金宮哉太から離れてください」
武闘派ではない副会長を状況打破の助っ人に数えることをしなかった俺は浅はかだ。
ハサミを会計の首筋に突きつけて靴も脱がずに乗り込んできた。
震えているので首にハサミが刺さるのか会計が「ちょっと副会長、痛いからやめてっ」なんて喚いている。
ともだちにシェアしよう!