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銃弾の装填 4
ハッピーエンドと口にした情報部の部長、旅人Aとゲームのチャットで名乗っていた男を見る。
普通の人にしか見えない。わんわんが何も言わなければこの場に居なかっただろう。
手を貸している理由がわんわんの一言なのか、あるいは他に何かあるのかは俺には分からない。
聞けば答えてくれるかもしれないが、どんな返答でも今の俺が感じている嫌な気分は消えないだろう。
「……ヤンデレ部屋ってかんじ」
いつの間にか雛軋の部屋に着いていて俺の写真やズタズタになっている雄大の写真やらが大量にあった。
情報部の部長は雛軋の部屋の様子を「ヤンデレヤンデレ」と呪文のように唱えながら写真を撮った。
脅す用なのか、資料にでもするのか。
胸を押えてめそめそしている副会長に風呂場の浴槽で黒い人形を燃やすように頼む。
あれが雛軋が言っていた俺の髪の毛を原料にした物体かは知らない。
ただもう気持ちが悪いのでこの世から消したい。
触りたくもないし見たくもないのでこういう時に副会長は便利だ。
胸が痛いのは心理的なものだったのか俺の頼みに嬉しそうに副会長は泣きながら笑った。
眼鏡がないせいか朝に見た時より幼い顔をしている。
よろよろしているのは傷ではなくフレームが歪んだせいで眼鏡をかけられないからかもしれない。
パンのヒーローは顔が濡れて力が出ない。それと同じで眼鏡がないとちょっとウザい感じの副会長のテンションは戻らないのかもしれない。
それでも元気よく人形を燃やす用意をする副会長。仕事があるときびきび動く。雄大に対する副会長の不満は雄大が何でもするから副会長としてやることがないとかそういうのもあるんだろうか。
俺は馬鹿ではないけれど雄大ほどパーフェクトな頭脳じゃないので宿題で引っかかったりすることもあった。初等部の時に近くの席の生徒がしきりに教えたがっていたことがある。分からないところは雄大と答え合わせをするからいらない世話だと素っ気なくした覚えがある。あれが副会長だったとしたら、俺と雄大に不満が溜まっていったのも分かる。
昔のことを粘着質だとは思うが、副会長の中では何も終わらず今までずるずる来ていたのかもしれない。
俺に諸々の感情を吐き出したからか、副会長はとてもフラットな状態なんだろう。
嬉々として俺の手足として動く副会長を見て会計が「ひどいなあ」なんて言う。
それは雛軋の今までの時間を無にすることか、何も知らない副会長を使っていることに対してか。自分が素手で触れている黒いものが何であるのか知ったら副会長は気絶するだろう。
停電対策に懐中電灯と蝋燭とマッチが玄関先に常備されている。これはどの部屋でもそうだ。災害用の食料と水が入ったリュックなんかもある。
サラダ油を軽く撒いた浴槽に副会長が人形を入れて火のついたマッチを投げる。
雛軋の呪いの部屋はお節介破壊魔の不良によって原型が失せていっている。
風呂に限らず全面的にリフォームされるだろう。
後輩の精神安定を考えればまるっと作り変えた方がいい。
雛軋の個人部屋と思われる場所は壁一面に雄大への呪詛が書きこまれて恐ろしい。俺は近寄りたくないほど気分が悪いので遠巻きに見てから玄関近くまで後退した。だが不良は全然平気。
むしろなぜか生き生きとしている。
破壊工作大好きなのか。
壁紙をはがしながら口笛を吹いている。
その余裕は何処からくるのか理解に苦しむ。
改めてお祓いが必要な禍々しさだが不良が「こんなに呪われても平気なあの人は本当にスゲー人だ」と明るく雄大を賛美していてついていけない。普通の不良だと思っていたら予想外にエクセントリック従者系。雄大がご飯を食べている姿にすら箸使いが綺麗だとかで絶賛しそうだ。綺麗な食べ方をする雄大だけど、そういうことじゃない。
会計とは違っていても五月雨雄大信者として不良はまともじゃない。
破壊音を聞きながら俺はそんなことを思っていた。
ゲームのチャットで村人Aが「脳筋マジ格好いい」とかつぶやいてて、賛否両論。ゲームをしているからオタクとは言わないが脳筋に対して思うところがある人間がたくさんいたらしい。
俺だけで雛軋の部屋に入ったら即退室しただろうから平然と部屋を破壊している不良や怨念の品物をきちんと燃やそうとしている副会長は偉いんだろう。
俺は奏さんのメールを読んでいるという言い訳を自分にして雛軋の部屋の中をほとんど歩いていない。それを誰も責めてこないのは優しさなのか、普通の判断なのか。
玄関のところに飾られている写真からして俺にダメージを与えていた雛軋の部屋。
俺と雄大のツーショットを俺と雛軋の合成写真にしていてめまいがした。俺と雄大の写真の入手経路は雄大の親衛隊らしい。副会長も持っていると言っていた。肖像権もプライバシーも侵害され続けているようだ。
雛軋の部屋も雛軋の考えも本当に気持ち悪くてたまらない。この場に雛軋本人が居ないのにここまで存在感を出すあたり怪鳥なんだろう。鳥の声はなんだか耳についたりする。
ぬめぬめとしたものが身体中を這い回るような感覚に吐き気がする。
実際問題、数十時間前に雛軋の舌や指先が俺の身体に触れていたので全く覚えがない感覚というわけでもないんだろう。
気持ちが悪いがメールの文面に集中することで何とか堪える。
目が滑って頭に内容が入ってこないのは奏さんが悪いのではなくきっと雛軋の情念にあてられているからだ。
しくしく泣いているから呪いの人形が現れたのかと思ったら副会長だった。どうやら前髪を焦がしたらしい。
うっかり属性を持っている人間に火を使わせるのは良くなかった。反省はするが俺は一切手を貸さない。
ガムテープで拘束されている会計は副会長をからかうように「自分の親衛隊呼べば~」なんて言っている。基本的に副会長はいろんな面で不器用だということだろう。会計はそれをわかっている。だからこそ、今回のような綱渡りにしか思えないことも計画できた。役員同士はそれなりに仲がいいのかもしれない。
少なくない時間を生徒会役員として一緒にいたのだから当たり前かもしれない。
それなら雄大が役員たちと分かり合えずに今の状態になったのはやはり俺や雄大に問題があるのだろう。
だからこそ、するべきことは変わらない。
躊躇ったところで決めたことを覆せない。
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