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最終話

「俺、もう充分時間貰ったから。次はちゃんとレイの気持ちに答えてあげられると思うよ」 「そう? 期待していい?」 「あんまりプレッシャーかけないでくれるかな……」 「プレッシャーかけられた方が、いい仕事してくれると思うけど」  そう言ってレイは、リチャードの顔をぐいと強引に自分の方へ向けてキスをした。 「今日は悪いけどここまでね。……頭痛くて死にそう」  レイはぐでん、とベッドに横になると「ごめん、今日はここで一日寝かせて」と言う。 「レイ、朝食は? 何も食べなくていいのか?」 「うう、止めてリチャード、食べ物のこと考えただけで吐きそう」  レイは思い切り顔を顰めてそう言う。 「今日は一日ここでゆっくりしていくといいよ。……俺、隣で本読んでてもいい?」  リチャードはレイの栗色の髪を優しく撫でながらそう尋ねる。気持ち良さそうにうっとりと目を閉じて微睡んでいたレイはふと目を開けると、何かに気付いたような顔をする。 「ねえ、昨日の夜、リチャードは本が好きなんだね、って僕言わなかった?」 「あれ? そこは覚えてるんだ」 「夢じゃなかったのか……」  呟くように独り言を言って、薄く笑みを浮かべる。そしてリチャードの方を向くと、もう分かりきってる答えだけど、と言いたげにこう尋ねる。 「本より僕の方がいいんでしょ?」  リチャードはレイがどこまではっきりと覚えていたのかが分からず、少し戸惑う。 「……そうだね。レイに軍配が上がるかな。でも今日は相手して貰えないから、俺は隣で読書に勤しむことにするよ」 「そうしてくれる?」  リチャードの表情を確認するようにレイは少しだけ目を開ける。そして、まるで赤ん坊が母親の顔を見て安心するかのように、リチャードの顔を見て安堵の表情を浮かべると瞳を閉じた。  フラットの自分のベッドの中で自分の隣に自分のTシャツを着て安心しきった顔でうたた寝しているレイがいるのを見ただけで、リチャードの心は幸せな気持ちで満たされた。  彼に出会う前にこんな気持ちになったことはあっただろうか? と自分に問いただす。  多分答えはNo、だ。  昨晩レイが口にした言葉を思い出す。 『僕にとってはリチャードが側にいてくれるだけで、それだけで最高の恋人なんだけど』  もしかしたら酔っていた勢いで出た言葉かもしれない。だが、今のリチャードにとって、それはこれ以上ない最高の褒め言葉だった。 ――いい恋人になるのって意外と難しいんだな。  天使の寝顔を横に見ながら、リチャードはベッドサイドテーブルの上で、埃を被っていたハードバックを手に取る。 ――これからは、こんな風にレイと何でもない時間を、もっと一緒に過ごせるようになるんだろうか?  ふと、リチャードはそう思う。  特別な予定も用事も何もない、ただ二人だけで過ごす時間。いや、実はそんな時間こそが本当は二人にとって特別なのかもしれない。特別な日常こそ一番の贅沢な時間の過ごし方なのだろう。そして、そんな特別な日常がいつしか自分たちの普通になっていくまで……それまで一緒にいられるのだろうか?  リチャードはまるで哲学者のような気持ちになって、そんなことを考えてみる。そして徐ろに本を開くと、やがて静かに物語の世界に没頭していった。

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