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第10話
「レイ、気にすることないよ。その気なら今からだって……」
リチャードはレイの頬に手を添えてキスしようとした。
「……うっ、ごめん、リチャード……バスルームどこ?」
「バスルーム? そこのドア開けたところ……」
リチャードが最後まで答え終わらないうちに、レイは口を手で押さえると、ベッドを飛び出してバスルームへ駆け込んでいった。
ドアが閉まるか閉まらないかのうちに、レイが嘔吐する音が聞こえてくる。
「うえええええ」
「レイ、大丈夫か?」
心配になったリチャードも飛び起きて、バスルームへ入ろうとする。
「ダメ! リチャード、絶対入らないでっ。こんな姿見られたくない」
レイの必死の懇願に、一度はバスルームのドアノブを回しかけたリチャードだったが、諦めてベッドに戻る。
レイは自分に弱い部分、汚い部分を頑なに見せたくないのだろう、とリチャードは理解した。だが彼としてはそういうレイを支えてあげたい、という欲求もある。もやもやとした気持ちを抱えながら、レイが出てくるのをじっと待つ。
5分ほどして、レイがよろよろとバスルームから出てくる。顔が心なしか青白い。
「リチャード……」
「平気?」
心配顔のリチャードがベッドを出て、ふらつくレイの体を支える。
「……僕、妊娠したみたい」
「えええ?」
「妊娠するようなこと何にもしてないだろ?」
驚くリチャードに冷静にレイが突っ込みを入れる。
――いや、そんな事言ったら、妊娠するような事をするとレイは妊娠するのか? と一瞬リチャードは思ったが、またレイに毒舌で応酬されるので止めておいた。
「リチャード……水くれる?」
そのままベッドに身を沈めると、両手で顔を覆う。
「気分最悪。頭痛い……」
リチャードが水の入ったグラスを手渡すと、レイは身を起こして一気に飲み干し「ありがと」とようやく落ち着いた顔になった。
「昨日はニューヨークから戻ってきたばかりなのに、パーティー行ったり、俺とパブで会ったりして疲れてたんじゃないのか? いつもならあれくらいの量のアルコールで酔ったりしないのに」
「実はさ、機内でもワイン結構開けちゃってたんだよね……その後パーティでシャンパンご馳走になって、パブでも飲んだから、昨日はきっと許容範囲量越えてたんだと思う。無理はするもんじゃないね」
レイは弱々しく苦笑した。
リチャードはそんなレイを愛おしく感じて、隣に座るとぎゅっと抱き締めた。
「次はちゃんと素面の時に……ね」
「うん……」
「もう『嫌がる人をベッドに連れ込む趣味ない』とか言わないでくれよ?」
「……やだな、もうそれ忘れてよ」
「結構ショックだったんだよ、あの晩」
「だって、リチャードその気じゃなかったじゃないか」
「それを言われると……」
「だろう? だからもう少し時間をあげようと思ったんだけど?」
リチャードはセーラの言葉を思い出そうとしていた。彼女はあの時なんと言った? 確か「リチャードの意思を尊重してくれてる」と言わなかったか?
リチャードはレイの遠回しな思いやりに気付かなかった愚鈍さに、自分で自分を蹴り倒したい気分だった。
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