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21日目・彼について

「ハル、準備出来たか?」 「出来ました。いつでも大丈夫です」 かっちりとつま先まで念入りに身だしなみをした僕は、龍星の前を歩きながら他の参加者や進行内容を確認する。 古くからの知り合いの誕生日を祝う会ではあるけど、相手は色んな界隈で影響力を持つ、これからも長く続くビジネスパートナーだ。 それにお互いがそれぞれ幅広い人脈を持っている。 その相手に直接影響はなくても、その関係者にまでどう思われるかまで考えないといけないし、自分1人の行動が良くも悪くも今後に影響を与えてしまう。 何事も慎重に動くに越したことはない。 僕達は車に乗り込んで、内容を龍星に伝え終える。 「ところで、髪 また染めたのか?黒いけど」 「元々黒ですし。それが1番かと」 僕の髪は今日は黒に染まっていた。 美容師さんに相談したら『目の色が淡くて綺麗な色だから、こっちの方が垢抜けて見える』と言われて普段はブラウンに染めてるけど。 ちなみにブラウンの髪は瑞希から絶賛された。 『お兄様、とっても素敵ですわ!私達の結婚式はいつになさいますか?』 ・・・プロポーズされるぐらいには大好評だった。 虎牙さんに『本当に・・・兄妹なんだよね?』と心配されたけど。 ちなみに今回は浮かないように黒染めをして、黒のカラコンも入れた。 髪色を変えると雰囲気が変わるからスーツが似合わなくなったらどうしようと焦ったけど、違和感なく馴染んだので良かった。 さすが十文字家御用達のオーダーメイドスーツ。着心地もバッチリ。 「ハル、大丈夫か?椎名もいるけど大勢の人がいるし、何かあったらすぐ言えよ?」 龍星が僕の顔を心配そうに覗き込む。 「龍星様、お気遣いありがとうございます。龍星様も何かありましたら何なりとお申し付けくださいませ。それと顔が近いです」 僕はじりじりと近づいてくる龍星との間に手で壁を作る。 「相変わらず龍星はハルちゃんの事が大好きなのね〜」 「ハル君がうちの子の執事になってくれて良かったよ。楽しそうで何よりだ」 同じ車に乗っていた旦那様と奥様が微笑ましそうにこちらを見つめる。 とても大企業を支えていて、修羅場を何十回もくぐってきた人には思えないぐらいのほのぼの空気に僕は苦笑を向ける。 「奥様、旦那様ありがとうございます。 又 先日はご迷惑をおかけしてしまい・・・」 「いいのよ、ハルちゃんの方が大変だったんだし。龍星が酷いこといっぱいしてごめんね。もう二度とそんな事しないように厳しく言っておいたから」 「龍星、ハル君を大切にするんだぞ。お前 ハル君しか友達いないんだから」 両親から色々言われる龍星は気まづそうな・・・というより奥様の言葉に顔を強ばらせた。 けどすぐに意を決した様に真剣な表情に変わった。 「大丈夫。もう間違えたりしない。これからは正しい方法で、オレなりに大切にする。永遠に」 「龍星、それ一歩間違うと意味合い変わってくるから。そんな真面目に言わなくていいから」 「誰よりも大事にする」 「ありがとう。でも重い」 「じゃあ・・・」 龍星は僕の手に大切そうに自身の手を重ねる。 そして王子様みたいなキラキラオーラを纏い、微笑みを浮かべた。 「幸せにする」 「言葉短くしてって言ってるんじゃないんだけど」 あと言う相手を間違えている。 それは将来奥さんになる人に向けてほしい。 「それに大切にするのも龍星の幸せの手伝いをするのも僕の仕事だから」 主なんだから、従者のお世話なんてさせる訳にもいかないし。させるだなんて従者失格だ。 「それってプロポーズ?嬉しい」 「友人として言うけど、大丈夫?疲れてるの?」 「まあ、本気はここまでにして」 「そこは『冗談』でしょ」 「じゃあこっからも冗談ってことで」 スっと真顔に戻った龍星に僕はどっと疲れを感じる。 旦那様と奥様は笑ってる場合じゃないんですけど。あなたのご子息、男に求愛してるんですけど。 「ホントに無理そうになったら我慢するなよ」 「・・・わかってます。龍星様も、無理はなさないでください」 龍星は勿論と頷くと、タイを結び直した。 「あ、もうすぐ着きそうね。2人共楽しむのはいいけどいい子にするのよ?」 奥様にそう言われて改めて背筋を伸ばす。 そして俺は十文字家と一緒にホテルへ向かった。 ────────────────────── 「・・・疲れた」 「お疲れ様です。龍星様」 人の群れから少し離れたところで龍星は顔色は変えずに愚痴を零す。 僕からグラスを受け取ると、水をこくりこくりと飲み干す。 「蓮はすごいな。ずっと笑顔で喋りっぱなしで。お前の事も覚えてたし」 「尊敬しますね。私達も精進しなくてはいけませんね」 今日の主役である夏目家のご子息の蓮様は記憶力に優れた方で名前や会話は勿論。まさかのその人の秘書や関係者までを把握していた。 先程 龍星と挨拶に行った時に『お久しぶりです。香山さんもお元気でしたか?』と半人前の執事の僕にまで挨拶してくれた時はすごく驚いた。 しかも堂々としていて大人相手に商談やこれからの経済について話し合ったり、逆にまだ小学生ぐらいの子供相手には優しいお兄さんと柔軟に対応する姿はさすがだと尊敬する。 アイドル顔負けな神対応だ。 瑞希ももしかしたら僕の知らない所ではあんな感じなのかなとふと思った。 「よぉ、リュウとハルさん。ここにいたのか!」 「げっ、綾人・・・」 「『げっ』って何だよ。失礼だろ」 「楸様、申し訳ございません。龍星様・・・」 「悪い。煩いのは苦手なんだ」 よく通る声に、龍星は顔を歪める。 (ヒサギ)綾人様は夏目様の古くからのご友人で全寮制の同じ高校へ通っている。 一応自分達も小さい頃に遊んだりしているので顔馴染みではあるけど、十文字家はどっちかというと夏目家との繋がりの方が濃いので楸家とは会う機会が少ない。 落ち着いた雰囲気で凛とした夏目様とは反対に、楸様は活発でその場をパッと明るく華やかな空気にする。 『考えるより身体を動かす方が好き』と公言しているのもあって、スーツを着ていても身体付きがしっかりしているのが分かる。 「蓮の奴、主役だけあってずっと捕まってるからオレも混ぜてくれ。ハルさんにとってはあまり気が休まらないだろうけど」 「お気遣いありがとうございます。私は大丈夫ですので、お気にならさないでください」 「仕事中だから難しいと思うけど、オレ相手には気を遣わなくていいからな。昔一緒に遊んだ仲なんだし」 「ありがとうございます」 「それと、髪。染めたんだな!白も綺麗だけどやっぱりハルさんは黒だな!」 「・・・綾人」 「おい、そんな睨むな。別にお前んとこの可愛い執事を取ったりとかしないから」 なぜ蓮と綾人が仲がいいのか謎だ、とよく龍星が言っているのを聞くが共通点があまりないように見える彼らは正反対だからこそ相性がいいのかもしれない。 龍星はあまり得意じゃないみたいだけど。 「そういえば聞きたいことがあるんだが」 「リュウからそんな事言われるなんて珍しい。どうした?」 「最近、楸グループが新しい事業を立ち上げようとしていると聞いた」 「そうそう。と言っても蓮の家と他にもいくつかと連携してるんだけどな。十文字も入ってなかったっけ?」 「知らない事の方が多いから、もしかしたらいるのかもしれないけど現時点では・・・。どんな事業なんだ?」 「オレ 三男だからそこまで詳しくは聞かされてないし蓮の方が知ってると思うけど。ざっくり説明すると『人助け』の仕事だな」 人助け?と龍星は話を深堀する。 「例えば身近でいえばヘルパーとか、秘書とか、運送とか。そういうのをAIで補おうって奴で、今ちょくちょく仮運転中で試してるらしいぞ」 「へぇ、確かに介護士も利用者の数に比べると足りてないだろうしな」 「それを除いてもどこも万年人手不足だしな。この話、まだ全然完成してないから公に出すなよ」 楸様は子供が秘密の話をしているかのように無邪気に『しーっ』と人差し指を立てて口元に当てる。 話している内容は子供らしくないけど。 「ちなみにAIってプログラミングか?」 「まあロボットとか、そんな感じ。ただ色々調整が難しいから苦戦してるとは言ってた」 「大変だな、そこの調整とかは技術者に頼むしかないからな」 2人の会話に、虎牙さんの事が頭をよぎる。 もしかして虎牙さんはこの会社が関わっているんだろうか。 虎牙さんと一緒に過ごしてまあまあ日は経つけど、わからない部分の方がまだ圧倒的に多い。 少しずつでもこれからわかっていけたらいいんだけど・・・。 「・・・全く、貴方達は一体何の話をしているのですか」 背中からかけられた声に視線を向けるとそこには今回の主役の姿があった。 「蓮、終わったのか?」 「一通り挨拶は。相変わらず綾人はよく喋りますね。少しは大人しく出来ないのですか」 「せっかくの集まりでなんで大人しくしてなきゃいけねぇんだよ。勿体ないだろ」 「貴方は騒がしいので大人しいぐらいが丁度いいです」 テンション差のある2人に『お前ら2人共相変わらずだな』と傍観者へ回った龍星は言う。 「でも龍星のとこに集まっててくれて助かった」 「え?なんかあった?」 「少しでも1人になったら女性陣に捕まりそうなので」 夏目様が向けた視線を辿るとそこには数名の女性達がこちらへ声をかけようと様子を伺っているのが見えた。 さすが令嬢。抜け目ない。 繋がれば強力なコネクションになるし、それを除いても美形揃い。 注目するな。気にするな。という方が難しい。 「蓮目当てだろ、諦めろ」 「そうだそうだ!モテる男はこっち来んな!」 「別に綾人を生贄にしても構わないのですよ?」 「すみませんでした!」 女嫌いと有名な夏目様の目は笑ってなかった。 こういう時は年相応な反応になるので見ていて微笑ましくなる。 同い年なんだけど、執事とか見守っている側からすると半分親心みたいな物もあるので安心する。 そんな事を思っていると、仕事用のスマホが振動した。 僕は断りを入れて一礼してからその場を離れる。 僕は僕で裏方の仕事があるのでタイミング的に丁度良かったかもしれない。 会場の外に出て、スマホを確認するとディスプレイには知らない番号が表示されていた。 一瞬躊躇ったが、すぐに応える。 「もしもし」 『失礼致します。わたくし【株式会社 AHH】の松岡でございます。香山様のお電話番号でお間違いないでしょうか?』 「はい。どうかされましたか?」 『先日お電話頂きました【恋人アンドロイド】についてご連絡がありお電話させて頂きました。 今 お時間大丈夫でしょうか?』 「ええ」 虎牙さんの事だとわかって僕は安心するが、またすぐに別の不安が襲う。 『まず対応が遅くなり申し訳ございません。本来お送りするはずの香山様の【アンドロイド】をお送りする準備が整いました』 「ああ・・・えっと、それについてなんですけど本来 僕の所へ来る予定だった【アンドロイド】はもう大丈夫です」 『え?』 キョトンとした顔をしたのが伝わる声が聞こえた。 「別に怒ってるとかではないのです。でももう【彼女】については大丈夫です」 『・・・そうですか。こちらの不備でご迷惑をお掛けしてしまい申し訳ございません』 「いえいえ・・・」 『次にそちらにお送りしてした【アンドロイド】について、わたくし共スタッフが回収にお伺い出来ればと思っているのですがご都合の良い日時はございますでしょうか?』 「え?」 今度は僕がキョトンとする番だった。 『前回のやり取りではまだ起動していないどのことでしたで、そのまま回収出来ればと思いまして』 「えっと、実はその後に誤って起動してしまって。それに【彼】については大丈夫です。」 『【彼】?・・・かしこまりました』 声に困惑の色が滲んでいる気がする。 「まずかったでしょうか?」 『・・・香山様、こちらの不手際で申し訳ないのですが一度お会い出来ませんでしょうか?直接お詫び申し上げたいのと、お伝えしたい事がございまして』 「そ、そんなにまずかったんですか?」 『い、いえ!大丈夫です!』 明らかに動揺しているんだけど。 とりあえず僕は最短で都合のいい日を告げるとその日にすぐ伺うと約束した。 そして通話を切って息を吐く。 これからどうなるんだろう、と不安になる。 さて、これから会場に戻ろうと振り返り、ぎょっとした。 「・・・ハル、今の会話何?」 「りゅ、せい様。いつからそこに・・・」 「全然戻ってこないから心配になって。ねぇ、それより今の何?」 龍星は一歩、また一歩と距離を詰める。 「怒ったりしてないから。ただ、ハルが心配だから聞くんだけど・・・今、【アンドロイド】って言った?」

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