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20.5日目・変わったものと変わらないもの

純白の妖精(ブラン・エルフ)。 月下美人。 (恐らく)密やかに呼ばれる名称に呆れながら俺は廊下に視線を投げる。 視線の先には背筋を伸ばし、だが威圧感なく。 まるで元々ずっとそこにいたかのように静かに()の事を待つ幼馴染の姿があった。 彼の銀白の長髪は廊下の窓から差し込む陽の光に反応するように輝き、陶器のような白い肌と相まってより現実味を薄くさせる。 落ち着いた雰囲気とどことなく感じる儚さ。 それらによって人間離れしたように見える。 彼の纏っている黒いスーツが彼をこの世の人だと証明しているようだ、とクラスの女子達が言っていた。 『先日、月下の方が図書室で本をお読みになられておりましたの。その姿がまるで絵画のように美しくてつい見とれてしまいましたわ』 『香山晴人は繊細で綺麗な方ですわよね。 つい、いつも目で追ってしまいますわ』 『妖精(エルフ)様が静かに笑う姿も素敵・・・少し憂いを感じるのがまたいいですわ!』 クラスメイトの令嬢達がオレの執事にうっとりとした視線を向ける。 オレは素早く荷物をまとめると、廊下に向かう。 「待たせたな。行こう」 「かしこまりました」 ハルは俺の荷物を受け取る。 そして、小さく口角を上げて、令嬢達に会釈をする。 きゃあきゃあと黄色い声を背中に、俺達は生徒会室に向かった。 「龍聖様の教室はいつも賑やかですね」 「・・・そうだな」 誰のせいだと思ってんだ。と思ったが口を閉じた。 天然で綺麗に見える根っからの白髪も、日本人離れしたグレーの瞳もショックやストレスからきたもので、コイツの中で戒めみたいなもんだし。 第三者が『綺麗だ』なんの褒めたところで、コイツは嬉しくないし、鏡を見る度に何度も自分自身を責めているのを知ってる。 コイツが昔みたいにコロコロと表情を変えたり、大きな声を出したりするのをオレはあの日以来何年も見てない。 瑞希には普通に接してるとは言ってたが、瑞希も心配してるのはわかる。 「お前も・・・」 あのぐらい煩くなってもいいのに。 「・・・どうされましたか?」 「なんでもない。行くぞ」 昔も今も、何も出来ないオレは飲み込んだ言葉の代わりに小さく息を吐いた。 ・・・というのが、以前までの、いつもの日常だった。 変なあだ名(オレが知らないだけで他にも多分ある)を付けられてたし、こいつが石像のように静かで必要最低限しか口を開かなかったのも本当だ。 そもそもハルがこのあだ名について知っているかわからないけど。 「ハァ・・・」 俺は今日何度目か分からない溜息を吐く。 「龍星様、大丈夫ですか?」 「大丈夫に見えるか?」 「いえ、疲れて見えます」 オレは少し後ろをついてくる元凶にジロッと視線を向ける。 本気で睨んでる訳じゃないのを分かっているので、ハルはオレの視線をスルーする。 「それにしても、今日は一段と教室が賑やかでしたね」 楽しそうでなによりです。と、ふふっ、と笑うハルに『お前のせいだよ!』と喉まで出かかる。 白の長い髪はバッサリと切って柔らかなブラウンに。 ピクリとも動かなかった表情筋は最近は少しずつ動くようになり、冬の早朝の空気から春の陽だまりの様な雰囲気へ変わった。 さすがに目の色は元に戻らないのでそこは変わっていないが、あまりの変貌っぷりに学校中の女性陣は大騒ぎだ。 『香山様のお髪が短くなってますわ!』 『随分とイメージが変わりましたのね。 以前とはまた違った美しさ・・・』 『月夜の神様から、春を連れてきた王子様みたいですわ』 晴人親衛隊は大騒ぎだった。 というかハルの(ことを見てる)周りの女性陣、みんなメルヘン過ぎないか? 温室育ちのお嬢様だからの思考なのか? 「・・・お前、むやみやたらに笑顔振りまくな。 クラスの女性達が煩くなる」 「なぜですか?」 「お前、顔いいんだから自覚しろよ」 「顔、ですか?」 そのまま生徒会室に入り、自分の席につく。 まだ他に誰も来てなかったか。 「顔でしたら龍星様の方がよっぽど綺麗だと思います」 「っ、は!?」 突然の発言にオレの心臓が跳ねるが、ハルはそんなオレを置いて続ける。 「特に龍星様の瞳が綺麗だと思います。 朝の澄んだ淡い青空みたいな色で」 ハル、急になに変なこと言ってんだよ。 というか、ちょっとうるさいなオレの心臓。 静まれ。いや、動かなくなったら困るけど。 「ハルのも、綺麗だと思う。昔も今も」 「・・・ありがとう」 ふっ、と笑うハルにぎゅっと心臓が痛くなる。 お前の真っ直ぐで強い黒の瞳も、何事にも真剣だからこそ相手の色がうつる淡いグレーの瞳も。 それがずっと、オレと同じ蒼になればいいのにって何度も思った。 「ハル」 オレの望む形ではそうはならないと分かっているけど。 呼ばれたハルはオレに微笑んだまま次の言葉を待つ。 「お前、変わったな」 「え?」 「戻ったの方が正しいのかもだけど、よく笑うようになった。安心した」 アイツのおかげなんだろうな。 傷つける事しか出来なかったオレとは違う、憎いけど ハルを救ったアイツを思い出す。 「心配かけてごめん。僕はもう大丈夫だから」 「無理はすんなよ。お前がいないと困る」 「大丈夫。もう平気だから」 ・・・ところで、『虎牙』はどうやってハルの元へ来たんだろう。 ハルの家はウチの領地内にある。 全く入れない訳では無いけど、ウチもそこそこ大きい家だからセキュリティーもしっかりしていて無防備ではない。 住むとしたら申請とかも必要だけど、それを出した形跡もなかった。 それに『虎牙』について調べた時、名前とか経歴も出たけど違和感を感じた。 もしあれが全部嘘なら、ハルはとんでもないことに巻き込まれているんじゃないか? 恐らく何も知らないハルにオレは不安になる。 詐欺師とかだったらどうしよう。 多分、ハルにとってアイツは既に大きな存在だ。 きっと困っていると言われたらハルはなんの躊躇いもなく手を差し伸べる。 (もう少し色々調べてみるか) ガチャリ、とそこで生徒会のメンバーが入ってきてオレとハルは会話を止めた。 「十文字様、今日も早いですね」 「会長、お疲れ様です。私達も先程来たばかりです。本日も宜しくお願い致します。晴人、この書類の見直しを頼みたい。オレは他の資料を作成するから何かあったら言って欲しい」 オレはカバンからファイルを取り出してハルに渡す。 ハルの顔つきは素早く仕事モードのものに変わる。 「かしこまりました。拝読させて頂きます。」 ハルはそう言うと資料に真剣に目を通す。 オレはパソコンをつけて、資料と平行してメールを作成した。 【調査依頼:『香山 虎牙』について】

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