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20日目・伝えたいこと

「あの、虎牙さん」 「何?」 「やっぱり、恥ずかしいんだけど・・・」 「そう?俺は全然だけど」 虎牙さんが、ふっ、と笑うのが分かる。 「や、やっぱり無理!」 「もう後戻り出来ないんだから、諦めて」 虎牙さんは、ほら。と僕の頭をポンポンと撫でる。 「は、恥ずかしいから、勘弁して・・・!」 僕は背を向けた状態でシーツを引っ張って顔を隠す。 あれから満面の笑みで虎牙さんに抱きしめられた僕は、何故かベッドに連れて行かれた。 そして一緒に寝よう(添い寝)という提案を実行されつつある。 確かに、その・・・両想いに、なっ、なったわけだけど! なったわけだけど、なんでいきなりこんな展開になる訳? ドラマもビックリな展開の速さと、ただでさえイケメンな彼の甘い笑みに落ち着かないし心臓が煩い。 「ソファーで寝るのは禁止ね。身体痛めるから」 「いや、別に1日ぐらい平気だけど」 「俺が嫌なの。・・・それとも晴人は俺と一緒のベッドの方が嫌?」 悲しそうな声に僕は言葉を詰まらせる。 「そういう訳じゃ、ないけど・・・」 「じゃあ、こっち向いて」 虎牙さんに後ろからそっと抱きしめられる。 「晴人っ」 「っ・・・!」 虎牙さんの体温がじわじわとこちらに伝わる。 それを感じて、顔にまた熱が集まる。 (あー、もう・・・そんな声で呼ぶなんて) 「・・・虎牙さん、ズルい」 恐る恐る、ゆっくり、虎牙さんに顔を向ける。 絶対変な顔をしてる僕と視線が交わり、 虎牙さんは心底嬉しそうな顔をする。 「ごめん。こうでも言わないとこっち向いてくれないから」 虎牙さんは僕の頬に手を添え、顔を固定される。 恥ずかしくなって思わず目線を下に逸らす。 「俺、晴人の事を絶対に大切にするから。 他の誰よりも、何よりも愛してる」 「・・・ありがと」 虎牙さんはゆっくりと顔を近づけると、僕の額にキスをした。 イケメンは何をしても絵になる。 睫毛長いな・・・。 「って、ちょっ・・・!」 「あはは、ごめんごめん。可愛くてつい」 「かわっ・・・!僕、もう17なんだけど」 「知ってるよ。晴人は実際より大人っぽくてしっかり者だけど俺からしたら可愛いんだよ」 「あんまりからかわないでくれますか」 僕は手で顔を隠す。 「晴人」 「何」 「そんな可愛い事されると、もっとしたくなる」 「はぁっ!?」 僕は思わず声を上げる。 「顔真っ赤で林檎みたい。あっ、耳まで赤い」 「っ、耳!触らないで!」 「ごめん、つい」 「・・・さっきから『ごめん』って言ってるけど、『ごめん』って思ってないでしょ」 「あはっ、バレた?」 僕は虎牙さんとの間に枕を挟んで顔を隠す。 「寝るっ!」 「からかってごめん。でも晴人を好きなのも、大事にしたいってのは本当に思った事だから」 ストレートな言葉と想いに胸がきゅんと鳴る。 ・・・さっきから心臓が煩いし、痛いし、苦しい。 「・・・僕も」 「ん?」 僕は挟んだ枕に額を当てる。 「僕も、その・・・好き・・・」 「・・・・・・・・・・・・」 消え入りそうなぐらいの声なのに、しんっ・・・と静かになった部屋の中では大きく聞こえた気がした。 どくどくと自分の鼓動が大きく感じる。 (・・・って、馬鹿!何言ってんの僕!) 「あ、えっと、その、やっぱさっきのナシ!忘れて・・・!」 「ヤバイ、超幸せ・・・」 慌てる僕をよそに、ガッツリ聞いていた虎牙さんの嬉しそうな声が聞こえた。 僕も虎牙さんの反応に変な顔をしつつも嬉しくなる。 そして、その日見た夢はとても暖かくて幸せだった。 ✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼ 「・・・本当に大丈夫?」 「うん、ありがとう。もう平気だから」 「でも・・・」 「無理しないから。それに何かあったらまた助けてくれるんでしょ?」 不安そうに見つめてくる虎牙さんに笑ってみせる。 虎牙さんは名残惜しそうに繋がった手を離す。 空気が冷たく感じて、虎牙さんと同じ温度まで温かくなった手が寂しく感じる。 (でも昨日、散々優しさに甘えたんだから。 これからはちゃんと向き合わないと。) 「いつまでも目を逸らしてばかりいられないから」 スーツに着替えた僕は、もう一度身なりを整えて虎牙さんに向き直る。 「じゃあ、行ってきます」 「晴人、待って。忘れてた」 虎牙さんはそういうと僕の頬にキスをした。 「・・・・・・・・・」 「行ってらっしゃいのキス。これからは毎日するからね」 嬉しそうに微笑む彼に自分の頬に手を当てて、わなわなと口が震わす。 「な、なんで!?突然!?」 「だってオレ達、恋人でしょ?こういうことは恋人とするものだって、晴人が言ってた」 「いつ!?」 「2日目の朝。ご飯食べてる時と玄関先」 よく覚えてたな。とある意味関心する。 「幸せだな、晴人と恋人になれて」 心底嬉しそうに顔を緩ませる(というか昨日からずっとゆるっゆるな)彼に僕は驚きとか呆れるのを通り越してなんかもう、どうでも良くなってしまった。 「・・・行ってくる」 「え、晴人からはしてくれないの?」 背を向けようとした僕はガシッと肩を掴まれる。 チラッと視線だけを向けると、虎牙さんが僕と同じぐらいの高さに顔を合わせて、スっと目を閉じて待機していた。 「・・・・・・・・・」 抵抗しようと少し身じろいでみるけどかガッチリと掴まれたままでビクともしなかった。 さすがアンドロイド。なんて馬鹿力。 「頬っぺかおでこでもいいよ」 恐らく配慮してくれたんだろうけど、 僕にとってそれでもハードルが高い。 そしてそこまで配慮してくれるならそれ自体をもう無しにしてほしい。 「ハードル高い」 「えぇ、そんな・・・」 僕は虎牙さんの首に腕を回して力を込めて密着する。 「だから、今はこれで許してください」 僕は少しの間その体勢のままでいる。 そして、そろそろいいかなって所で離れた。 「・・・そんな事されるとますます欲しくなるんだけど」 「朝から変なこと言わないでくれる?」 僕はもう一度身なりを整えて、荷物を持つ。 「今度こそ、行ってきます」 「行ってらっしゃい、晴人。また家で」 僕は先に部屋を出て、外に出る。 そしてさっきから震えていた携帯を手に取り、届いたメールに指が止まる。 【差出人:十文字 龍星様】 ディスプレイに移る名前に一瞬、躊躇う。 しかし、すぐに届いたメールを開くと 『可能であればこの場所へ向かって欲しい。』と文章と一緒に地図のURLが送られていた。 僕は承知の旨を送り、タクシーに乗り込んだ。 ✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼ この別荘に行くのはいつぶりだろう。 タクシーを走らせて20分。 一等地の中でも更に見晴らしのいい場所に立っている白塗りの一軒家に着く。 海外ドラマで出てきそうな広いテラスとルーフバルコニーがついた二階建てのオシャレな家は、僕には場違い感があり未だに慣れない。 ちなみにここのバルコニーからは海が一望出来、夜には零れるような満点の星空を堪能出来るのでよく夏休みになると訪れた。 ・・・そして、今だから分かるがユキちゃんの家からまあまあ近くの場所にこの家はあった。 僕は以前 渡されていた合鍵を使って中に入る。 その時にバルコニーからこちらを見下ろす姿が見え、僕はバルコニーに真っ直ぐ向かった。 リビングや階段の窓は開け放たれており、涼しい風が潮の香りを乗せて頬を撫でる。 僕は深く息を吐いて、バルコニーに足を踏み入れる。 「失礼致します」 眩しい日差しと、遠くで輝く海の眩しさに一瞬目を細める。 柵に肘をかけ、遠くの海を眺める彼に僕は声をかける。 色素の薄いミルクティー色の髪が陽の光で輝き、海の碧を写した瞳の色がいつもより深みを増して見える。 (虎牙さんとはまた違ったタイプだけど、龍星も本当に絵になるな) 「・・・ハルっ!?」 そんなイケメンな彼は目を見開く。 そしてツカツカと僕の目の前までくると、僕の肩を強く掴んだ。 「ハル、髪は!?」 「昔ぐらいまでバッサリしてみたんだけど、似合う?」 「似合うけど、でも・・・」 「いつまでもこのままじゃいけないかなって」 でもやっぱり短い方がいいね。 お風呂も楽だし、邪魔にならない。 呑気な事を言う僕に、龍星は驚きを通り越したのか苦笑を浮かべた。 「それとごめん。ユキちゃんから全部聞いた」 「全部、って?」 「全部。ユキちゃんが記憶喪失だったこと。 僕が混乱しておかしくなったこと。それと龍星が僕の為に黙っていたこととか、何とかしようとユキちゃんに会ってたこと。ユキちゃんが今までで知った事と分かった事を全部聞いた」 龍星は、そっか、とポツリと零した。 「そっか・・・聞いたのか」 「今までごめん。そして、ありがとう」 僕は龍星に向かって頭を下げる。 「なんでお前が謝って、お礼言ってんだよ」 「龍星がいなかったら今の僕はいないから。 もしかしたら道を外してたかもしれないし、ユキちゃんの後を追おうとしてたかもしれない。龍星のおかげで今の僕があるから。 だから、ありがとう」 「・・・雪姫は、なんて言ってた?」 龍星はじっと僕を見上げる。 「『今度龍星君も一緒に、3人で会おう』って言ってた」 「・・・そうか」 「僕も3人でまた、昔みたいに会いたい」 「でもお前 雪姫の事、好きだろ」 「うん。でも、もう大丈夫だから」 「は・・・?」 龍星の顔に『意味がわからない』と書いてるのが見える。 確かにあれだけ引きずっていたし、そんな人の『大丈夫』ほど当てならないものはない。 「だってお前、あんなに・・・本当に大丈夫なのか?」 「ユキちゃんと話し合った結果なんだ。確かに好きだった。大好きだった。 でも、ユキちゃんにも僕にも、新しく大切にしたいものが出来たから。だから大丈夫」 僕は龍星の目をまっすぐ見つめる。 「龍星、今までありがとう。それとずっと辛いことをさせてごめん。でも、もう大丈夫だからもう一度言わせて?」 僕にとっても龍星にとっても、今までの事をなかったことにするにはあまりにも重くて大きくて、忘れるにはあまりにも長すぎる。 だけど、歪な形でも彼は僕を守ってくれていた。 今まで一度も恨まなかったかと言われれば嘘になるけど、辛い日も多かったけど。 そんな彼は口では色々言っても、ずっと僕の側にいてくれた。 だから、これからは僕が彼を支えられたらと思う。 今まで通り従者としても、親友としても。 「龍星。もう一度、友達になりたい」 僕は手を龍星に差し出す。 「・・・お前、バカなの?あんなに酷いことされて、よくそんなこと言えるよな」 「アハハ、確かにね。でも、僕は龍星と友達になりたい。僕のたった一人の主で、かけがえのない幼なじみで、ずっと側にいてくれた親友だから」 ダメかな?と僕は龍星を見つめる。 「・・・『親友』か」 龍星は僕の手を見て、少し呆れたように、困ったように、嬉しそうにフッと笑う。 「・・・図々しいこと聞くけど、オレはそれ以外にはなれないか?」 僕は小さく首を横に振る。 「そっか・・・わかった。」 龍星は僕の手をぎゅっと握る。 「それじゃあ、これからもこき使ってやるから覚悟しとけよ。親友(ハル)」 「龍星に一生仕える覚悟は昔から出来てるから。そっちこそ他の誰かにしたいって言ってももう無理だから、覚悟しててね親友(龍星)」 僕達はお互いに顔見合わせて笑いあう。 2つ横に並んだ影は、昔と同じように見えた。

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