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第8話

 希望は大きなベッドの上で正座して、俯いていた。  もじもじと居心地が悪そうに身じろぎして、時々ちらちらと周りに目を向ける。  広い部屋だった。  ベッドとソファやテーブルと言った最低限の家具が置いてあるだけだが、質素ではない。それどころか、一つ一つの家具の質が高く、高級感がある。部屋全体を合わせた暗めの色合いで、品があり落ち着いていた。  普通のホテルと違うところと言えば、ベッドからガラス張りの浴室が丸見えなことだろうか。大きなお風呂は円形で、男が二人だろうが三人だろうが寛げそうなほど広い。  ここだけ見れば、こういうラブホテルなのかもしれない。  しかし、ホテルに入った時もスタッフに案内されたし、まるで普通の……、いや、かなり高級な、普通のホテルのように思えた。  やっぱり、未成年はラブホテルだめだったのかなぁ、でもいいホテル連れてきてくれたんだと考えながらライの後に続いた希望は、最上階にワンフロアしかない部屋に案内され、今に至る。  希望はベッドの上で、俯いて震えていた。    お、俺のバカぁ……っ!!  ライさんが普通の! 庶民的な! ラブホテルに連れてってくれるわけないだろ!  またなんか高そうなところだ!  最上階に一部屋って! スイートルーム?!  ああっ! 俺のバカ!  ライさんに軽い気持ちでお願いしちゃだめだって言ってるじゃん!!    希望は萎縮して震えていると、ライが隣に座った。  少し肩がぶつかるほど近く、そしてどかっ、と乱暴に座ったので希望は「ひんっ!」と悲鳴を上げる。 「どうした? さっきから処女みてぇになってるけど」 「えっ……あ、あの、その……」  慌てる希望には構わずに、ライが少し身体を傾けて、希望の顔を覗き込む。  ライは楽しそうに笑みを浮かべていて、希望は視線を泳がせてしまった。 「お前が見たがってた大きいベッドに大きい風呂、どっちもあるだろ? 何が不満?」 「ふ、不満じゃなくて!」 「んー?」  希望が慌てて顔を上げると、ライが首を傾げて希望を見つめていた。 「なんか、その……、お、思ってたより、すごかったから……びっくりして……」  声がだんだん小さくなっていくにつれて、希望の顔もまた下を向いていってしまう。  ライはその希望の様子を見て、笑っていた。  もじもじ、もにょもにょ、と俯いている希望の腰に、ライがそっと手を回す。  希望がびくっとして震えたが、逃げようとはしなかった。  そのまま、すり、すり、と腰を優しく撫でる。 「っ……」  希望が淡い刺激に少し震えながら、ちらり、とライを見た。  目が合うと、希望の瞳は不安そうに揺れていて、ライの笑みは深くなる。  すると、ライの手が希望の腰から離れて、希望の頭をゆっくり丁寧に撫で始めた。    え? ええ?!    宥めるような優しい触れ方に希望は戸惑い、思わずライをじっと見つめた。  ライも目を細めて、じぃっと希望を見つめ返す。 「――希望」  ライの低く甘い声で名前を呼ばれて、希望はどきり、とした。  不安で揺れていた希望の瞳に、うっすらと期待と安堵が宿る。  ライが希望の頭を抱き寄せて、希望の耳元に唇を寄せた。  優しく抱き寄せられて、希望はそれまでの緊張とは別の意味で身体が固まってしまう。  耳に触れるか触れないかの位置まで近づいているから、微かな息遣いも感じ取れた。 「希望」 「っ……」  もう一度名前を呼ばれると、鼓膜に低く響く声があまりにも甘くて、希望はぞくぞくした。  ぴったりと身体を寄せられて感じる、ライの体温も心地よくて、くらくらしてしまう。 「希望」 「っあ……っあの……」 「希望」 「んっ、あぅっ……っ」 「希望」 「~~っっ!! もぅ! ちょっと!!」  希望がぐっ、と腕に力を込めてライを引き離す。  希望は、はぁ、はぁ、と息が荒くして、真っ赤な顔でライを睨んだ。 「遊ばないで!!」 「ああ、バレたぁ?」  にやにや、とライは可笑しそうに笑っていた。  希望がライに名前を呼ばれるだけで、嬉しくて、めろめろに蕩けてしまうことをライはよく知っている。  何度も何度も呼んでも、その度に希望がビクビク身体を震わせて、力が抜けていってしまうのもよくわかってて、弄んだのだ。  希望も途中まではそのまま蕩けてしまいそうだったが、執拗に名前を呼ばれればさすがにライの意図にも気づいてしまう。  それでも嬉しいことには変わりないし、抗いきれないのは認めるが、それにしても悪質な悪戯だ、と希望は憤りを感じた。    俺の恋心を弄ぶなんて、最低!  ほんとうに酷い!  ちょっと顔がいいからって調子に乗らないでほしい!  ……あ、あと声もとても良いので気をつけてほしい!!    希望はライを睨んでいたが、ライはそれを見てもにやにやと笑っている。  希望がどんなに怒っていても、ライが求めればを拒めないことを、ライはよくわかっているのだろう。  希望もそれに対して、残念ながら反論はできない。  それでも、せめてもの抵抗として、希望は拗ねたようにそっぽを向いた。 「何なんですか……」 「別に? お前の方から誘ってくるなんて珍しかったから、サービスしてやっただけ」 「はぁ?! さ、誘ってなんか……!!」 「ラブホテル行きたいって言ったろ。お前が。自分から」 「……?」  希望は首を傾げた。ライが何を言いたいのかわからなかった。  ライは足を組んで、その上に肘を乗せ、頬杖をついて希望を見つめている。  相変わらず楽しそうに笑って、混乱している希望を観察しているような眼差しだった。 「ラブホテルって、何するとこだと思ってんの?」 「……な、なにするとこ……?」 「そうだよ。考えてみな」  希望は混乱したまま、それでも言われたとおり、ちゃんと考えた。    ラブホテルに行きたいと言ったのは自分だ。  えっちな雰囲気ってどんなのかな、って思ったからライを誘ったのだ。  それだけの理由だった。    ……ラブホテルが何をするところ?  って、どういうこと?  だって、そんなの決まって   「何をって、……っっ!?」  希望は唐突に気づく。  その表情の変化を見て、ライはケラケラと笑っていた。 「今気づいたの? バカだなぁ、お前。迂闊すぎ」 「……っ!!」  希望は真っ赤になって両手で顔を覆ってベッドの上に倒れて、転がった。  なんということだ、と己の迂闊さと軽率さに震えて、声も出ない。  ラブホテルに来る恋人の目的なんて大抵同じだろう。  ましてや、ライのような男を誘うのだ。  あんなことやこんなことをされることを、希望が期待していると思われたに違いない。  それがあまりにも恥ずかしくて、希望はベッドに転がりながら悶えていた。 「……うひゃあっ!?」  希望が転がっていると、ライが希望のズボンをぐいっと引っ張った。  いつの間にかベルトは外されてて、希望の腰とズボンの間にしっかりと指が入り込んでいる。力強く引っ張られて、希望はバランスを崩してひっくり返った。 「ま、まって! まって……あぁっ!」  ライが引っ張ったズボンはあっさりと脱げて、投げ捨てられる。  下着も一緒にずれてしまって、慌てて戻そうと手を伸ばしたが、ライに掴まれてしまった。  後ずさって逃げようとする希望を捕まえて、ライは笑っている。 「もっと楽しんだら? 来たかったんだろ?」 「あ、あぅっ……」  何も言い返せずに、希望は怯えて小さくなってしまう。    そういうつもりじゃなかったのに……、とは、そりゃあ言わないけど!  えっちな雰囲気が知りたいとは思ったし、えっちなことに興味があるけど!  でも、それはそういうお年頃なので許して!  それに、やっぱり……!  な、なんか違うぅ……!!    戸惑う希望を見下ろして、ライは不意に希望の手を離した。 「……??」  希望はほっとしたが、それでもライが次に何をしようとしているのか、自分は何をされるのかわからなくて、じぃっとライを見つめた。 「お前の為にここを選んだんだから楽しめよ。で、何がいい?」 「え? な、なにって……?」  ライの下でビクビクと震えながら、希望は首を傾げた。  ライがベッドの上を移動して、サイドテーブルのボタンを押す。  すると、ベッドのヘッドボード側にあったロールカーテンがサァッと上がった。  てっきり窓があると思っていたそこには、大きな棚があった。 「……ひぇっ……!」  希望は見た瞬間、ベッドの上を後ずさる。  大きな棚には、鎖や手錠、革製のベルトタイプのものや金属のもの、ふわふわとファーの付いたかわいらしいものまで、あらゆる身体の部位に使えそうな拘束具が各種揃っていた。  さらに、ピンク色や水色のかわいらしい色をしたローター、本物とそっくりに作られたディルド等、その他にもいろんな『大人のおもちゃ』が並べられている。  希望もその存在は知っているけれど、実際に見るのは初めてなものばかりで、目眩がした。  普通のホテルに、こんなものは置いていない。    ふ、普通のホテルと変わんないと思ってたけど!!  ちゃんとえっちなホテルだった!!  しかもなんか、もしかして、ここってガチなとこ!?    希望がイメージしていたラブホテルは「えっちなとこ♡」だった。  でも今こうして綺麗に並べられた道具類を見ると、「えっちなとこ♡」ではなくて「大人の秘密の遊び場」という重くて卑猥な単語が頭を過ぎる。  希望には、到底受け止め切れない。俺にはまだ早い、と背筋が震えた。  ライは興味深そうに棚を眺めていたので、希望は今の内に逃げようと、そーっと動き出した。  けれど、あっさりと足をライに掴まれてしまう。 「あっ、やっ……!」 「まあ待てって」 「い、いいです、おれっ……!」 「なんか面白そうなのあるんだよなぁ。ほら、どれがいい?」 「あっ、や、やだっ、やっ、あぁぁぁ……っ」  ライは希望を捕まえて、大きなベッドの上を引きずって引き寄せる。  希望は必死にシーツを掴んだが、ずるずる、と引きずられ、シーツがずれていくだけで終わった。  そのまま抵抗空しく組み敷かれてしまう。 「やだっ! やだってばあ、ぁあっ……!?」  ライが希望のシャツをわざと乱暴に剥いでしまうと、その勢いでボタンが飛んでいった。  ブチブチッ、という音で、希望はびくっと震えてライを見つめる。 「こ、こんなのやだよぉ、なんかレイプみたい……っ」 「慣れてんだろ? 無理矢理ヤられんの」  ライがはっ、と馬鹿にしたように笑うのを見て、希望は思いっきりライを睨んだ。 「誰のせいだと……っ!」 「はいはい。いいから、大人しくしてろって」  ライが腕を上げたことで見えたものに、希望はびくっとして、目を見開いた。  ライの手には、いつの間にか革製の拘束具が用意されている。  革製のベルトとベルトが鎖で繋げられるようになっているようだった。 「やっ! やめ……っ、やだ! やだって……、あぅっ……!」  希望はじたばたと暴れていたが、ライはそんな抵抗もものともしない。  手慣れた様子で、希望の腕を背中の後ろでひねり上げてうつ伏せにすると、あっという間に後ろ手で拘束してしまった。  腕の自由が効かなくなって、希望は顔を上げて抗議しようとしたが、ライに頭を抑えつけられる。 「うっ、ぐっ……!」 「なんか懐かしいな」 「っ……? な、なにがぁ……?」 「初めての時もそうやって抵抗してたなって」 「……っ!」  ライの言葉に、希望は初めてライに犯された夜のことが頭を過ぎった。  酒を飲まされていたせいか、何をどうされたのかは思い出せないし、思い出したくはない。  それでも、身体中を弄ばれ、無理矢理穢され犯された恐怖と、屈辱だけは身体が覚えている。  ぞわぞわ、と嫌なものが背筋を這う感覚に、希望はライに縋るように見つめた。 「……ね、ねぇライさん、やっぱりやだよぉ……っ」 「なんで?」 「だって……っ」 「思い出しちゃったぁ?」 「……お、おとなしくしてるからっ、これ、はずしてっ……?」 「だーめ」  ライが希望を仰向けにして、邪魔な下着を取り去ってしまう。  既にボタンが飛んでいったワイシャツも衣服の役目を果たしていなくて、胸も露になってしまっている。  これでは恥ずかしいところを隠すことも、逃げることもできない。  ライが希望の足を乱暴に開かせると、びくっと希望が震える。 「――っ……! ラ、ライさん……っ」  希望の潤んだ瞳が不安そうに揺れて、じっとライを見つめた。  けれどライは、そんな希望を見て、より楽しそうに笑った。  ライの暗い瞳の奥で、加虐心の炎が荒れ狂っている。  希望はぞくっと背筋が凍った。  けれど、ライが希望の足を抱えて唇を這わせると、ぴくり、と震えて吐息を漏らしてしまう。 「んっ、はぁっ……!」  ライは希望の足首から太股のところまで唇を這わせると、じっと希望を見つめた。そのまま、希望の白くてもっちりとした太股の内側を強く吸い上げた。 「あっ、ん……っ」  白く柔らかい肌に、赤い跡が残る。  その上から、ライが舌を這わせるから、希望は声を抑えるのに必死だった。  こんな形で、無理矢理衣服を剥がされ、自由を奪われて、反応するわけにはいかなかった。  希望はきゅっと唇を噛みしめ、ライを睨む。  すると、ライは目を細めて、楽しそうに笑い、愛おしそうに希望を見つめた。 「その目、久しぶり」  ライは希望の足を大きく開かせて、希望の胸に膝が付くように押さえ込む。  秘部が露わにされてしまうような恥ずかしい体勢に、希望はカァッと頬を染めた。 「うっ……、い、いやっ、やだってばあ……!」  希望が逃れようと足に力を込めるが、ライに上から押さえ込まれてしまっては、どうすることもできなかった。  ライは相変わらず希望を見て、笑っている。  無理矢理されて恥ずかしがっていると知られるのも、そんな顔も見られたくなくて、思わず希望は顔を背けた。  何度も見られて弄ばれているはずなのに、恥ずかしくて仕方ない。  そこに視線を向けられて、意識してしまうと、蕾がひく、ひく、とひくついてしまうのがわかった。  反応したくない、と懸命に意識を反らそうとするが、ライに下半身を押しつけられてそれも叶わなくなる。 「えっ……あぁっ、やっ……!」  ライのズボン越しに固くて大きくなった熱を感じて、身体中の神経が集中してしまう。  だめ、だめ、と目を瞑って耐えようとするが、震える身体はじわじわと熱くなっていく。 「頑張ってるな」  ライの声に、希望は思わず目を開けた。 「そういう、プライド高いとこ、いいけどさ」 「……んぅ……っ、はっ、んっ!」  ライが体重をかけて希望にのし掛かる。  耳元に息がかかるくらいに近づいた。 「最近お前、調子に乗ってるから、思い出させてやるよ」      ――だから今日は〝あの時〟みたいに俺を楽しませろ。  と悪魔が囁いた。

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