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難題
八月も下旬となり、多少朝夕は涼しさを感じるようになった。
強制的に習わされている生け花でも菊を扱い、遥に秋を実感させた。こんなときは習い事で時間を潰すのも悪くないと思う。
遥は無趣味な人間だ。カクテルを作れるのはバーテンダーを辞めた今は特技と言えるかもしれない。ただ、趣味とは言えない気がする。飲んだ人が喜ぶ顔を見るのが好きなだけだ。それに遥自身は、そう酒を嗜む方ではない。
世話係によく何かやりたいことはないかとか、行きたい場所はないかと訊かれるが、中学高校時代から家事、父親が病んでからは看病、アルバイトで過ごした。大学も通っていたときは真面目に出席していたし、夜はアルバイトだった。その後はと言えば加賀谷一族と関わって逃亡生活に入った。休みの日は勤め先の寮などから外出することもなく隠れていた。
人が一番遊ぶ時期に遊ばなかったせいか、何かをやりたいという欲がないし、そもそもどんな遊びがあるのかを知らない。
あまりに暇そうに見えたのか、湊と喜之が、流行っているマンガ本や映画のDVDをレンタルしてきてくれた。
見ている間は面白いのだが、夢中になるほどでもない。映画のシリーズものは一本で満足してしまうし、マンガも五巻くらいで飽きる。
「遥様のお好みは難しいです」と二人を嘆かせ、申し訳ない気分になった。
そう言えばテレビもろくに見ていない。
新聞だけは毎朝用意されるので、ぱらぱら繰っては拾い読みをする。その程度だ。
(我ながらつまらない人間だな)
そう思う。
時間が有り余っているからだろうか、ある日自分が世話係たちを観察していることに気がついた。
則之は大人だ。俊介より断然話をしていて通じる気がする。俊介より年上かと思う時もある。
湊は意外と女性の話が好きだ。タレントにも詳しい。雑誌などを買うのが好きらしく、洋服の話もよくする。
諒は俊介に次いで真面目な気がする。書道では厳しい先生にもなる。でも冗談も下ネタも通じる。
喜之は湊と仲がいい。休みの時は二人でエロっぽい話もしているようだ。
基と洋はまだ可愛いと感じてしまう。ただ性的なことが気になるお年頃なので、喜之と湊の話に聞き耳を立てているらしい。
俊介は――
いないとさびしいと感じる。なぜかわからないが、近くにいてくれないと心細い。こんな弱音を他の世話係の前では口にできないが、今この時も不安なのだ。
真面目でウブで、強くて格好いい。
何より美形だ。弟の湊がやや洋風とすると、俊介は正統派の日本人形のような美青年だ。母親似だと聞いた気がする。
桜木は美貌の家柄だが、遥の好みでは俊介が一番だ。
隆人も俊介を明らかに特別扱いしている。桜木家の当主だからというのが理由だと思うが、どうもそれ以外にも何か思うところがあるように感じられる。
それに嫉妬めいたものを覚えないのは、俊介が男だからか、自分も俊介を気に入っているからなのかはわからない。
篤子は、違う。
篤子は正式な隆人の配偶者だ。いかに加賀谷の中に定めがあったところで公の場に出たら、法律が篤子を守る。
だから篤子のことを考えるともやもやする。
篤子は遥のことをどう思っているかわからない。顔を合わせても、いつも上品な微笑みで本心を隠しているような態度に苛つかされる。
正妻の余裕というべきだろうか。そう受け取るほど遥は篤子には屈託を覚えている。
隆人は基本的に夜は東京別邸に帰る。当然夫婦生活を送っているだろう。子どもも二人もいる。
だが、遥が自らの立場が弱いと考えるのは、加賀谷一族に染まりきっていないからこそだ。
一族の者がどれほど定めを重要視し、鳳と凰との結びつきの強さを切望しているかを遥は理解できていない。それはわかっている。
国の法より、定めを重んじるのは狂信的だと思う。思うが、加賀谷の中ではそれが正しいことなのだ。
それを思う時、自分を加賀谷の中の異物だと感じてしまう。
そんなマイナスの気持ちを癒やしてくれるのが、俊介だ。
からかっているうちに嫌な気分が薄れていくから、ではない。
俊介もまた、集団の中の異物だと感じるのだ。
一族の中で、桜木の中で、俊介だけが浮いている気がする。
一族の罪人を隆人に命じられたとおりに罰する技と、邪魔者を排除する知識を桜木家でただ一人有する俊介は、孤独ではないのだろうか。他の桜木が負わぬ荷を負っていてつらくはないのか。
いや、俊介ならば、それすらも隆人のためと糧にしてしまうのだろう。
今、どこかで失った自分を取り戻そうと足掻いているはずの俊介。
(会いたいな)
遥は心からそう思った。
会えるとしたら十月初旬の「捧実の儀」になるらしい。今年の実りを鳳凰に捧げる儀式があるのだそうだ。その際に俊介は戻ってくると聞いた。
待ち望んでいると時間の流れは遅くなる。世話係たちが勧めてくれる本や雑誌、DVD、それから稽古事に打ち込んで、しばらく俊介のことを忘れた方がよさそうだ。
しかし、それは遥にとってなかなかの難題だった。
――了――
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