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俺の中でずっと下鴨康介は下鴨康介だった。
誰かに似ているというところがない。
未知の存在だった。
天真爛漫で変なアホ。
見た目がいくら整っていようとも俺を中心にしか物事を考えられない俺しか見てない人格破綻者。
年下のくせに一歩引くことを知らない生意気なやつで俺の隣が自分の定位置だと思い込んでいる変人。
嫉妬深くて面倒で俺の後ろをいつまでも着いてくるのが似合ってる。
俺の近くにいることで幸せを感じるようなやつが俺を否定して俺から逃げようとするなんて、あっていいわけがない。
数え切れないほどストーカーだ、迷惑だ、帰れ、あっちに行け、そう言い続けだ。
それでも引くことのない空気の読めないバカが下鴨康介。
いいや、空気が読めないのではなく空気を読む気がなかった。
誰に迷惑をかけてでも俺のそばにいようとする。
俺にべったりと暑苦しく密着して平然としているのが下鴨康介だ。
先程見た俺との触れ合いを拒絶し、俺との時間を避け、俺以外の人間の近くにいようとするなんて病気だとしか思えない。
久道を誘惑する姿に衝動のままに殴りつけて殺してやろうとすら思った。
押し倒しても泣きぬれた瞳は俺を見ておらず悲鳴と制止しか吐き出さない口は最低だ。
下鴨康介はこんなことを言わない。
いつでも俺を煩わせるし、嫉妬深くて面倒くさいし、年下のくせに無駄に偉そうな態度が多い。そう思っていたやりとりが過去のことになって初めて分かったこともある。
下鴨康介は強くない。
態度がデカかっただけで康介は俺よりも小さく力だってない。年下だからではない。体質だろう。服を着ていると久道と同じような体型なので勘違いしていた。康介の筋肉量は少ない。スポーツも何もやっていない。俺や久道と違って動き回るのは好きじゃない。
それなのに街を徘徊する俺たちにくっついてきて足が疲れた、休みたいとわがままを言う。体力がないならついてくるなと何度言ったか分からない。足を引っ張り集団の和を乱す。それを悪いと思わない。謝りもしない。
俺を好きでつきまとうくせに俺に媚を売ろうとしないバカだった。
バカすぎて俺の周りが世話を焼く。
誰にも、俺にすら康介は合わせようとしない。俺の言うことなど聞く耳を持たない自分勝手なヤツだ。
けれど、押さえこんで力で物を言わせれば康介はされるがままだ。
俺の手を振りほどく力を康介は持っていない。
見ればわかる事実を襲って犯すまで理解していなかった。
頭のどこかで下鴨康介を自分の延長線上のものだと感じていたのかもしれない。
他人であるのは間違いないのにこんなに頼りない体だと思わなかった。
今まで人を殴ったことのなさそうな俺とは違うやわらかく細い指先。
チームの女性連中にかわいいがられていたからか爪がやけに綺麗だ。
なんだかんだで律儀なのでハンドクリームをもらったら毎日つけそうだし、アドバイスを受けたら爪だって磨きそうだ。
爪の形だけじゃない皮膚の厚み、手のひらの感触、全部が俺とは違う。
意識すると指先だけで康介が他人なのだと思い知る。
自分が見ていたものが崩れていく。
康介の腕が腰に絡みついて暑い、重いと思いながらも毎日のことだから言うのも面倒くさくなっていた。
俺を見つけて抱きついてきたがる康介のよくわからない行動を嫌がっていたのは口だけだ。
本気で嫌ならきっと蹴り飛ばしていた。
なんだかんだで許してたのは根負けした妥協の結果。
それなら離れていく康介を引き留めるように寝室に引きずりこむ必要はなかった。
俺はずっと矛盾していた。
妥協なんてしたくない。負けなんて認めたくない。下鴨康介に気分を左右されたくない。
誰かを心の底から憎んだのはきっと初めての経験で俺はおかしくなっていた。
そうじゃなきゃ友人でも恋人でもない相手を三日三晩抱きつぶしたりしない。
自分が何をしているのか頭の隅で冷静に分析している。
連休だから部屋に引きこもっていても大問題にはならないと割り切っていた。
俺や康介に連絡がとれなくても、どうせ久道が適当な言い訳を周りにしているはずだ。
衝動的な行動なのに頭の中でつじつま合わせがなされていく。
のどが渇いたりお腹が減ったら繋がったまま冷蔵庫から適当にものをつまんだり、お菓子の袋を開けた。
テンションがハイになって疲れは感じにくくなった。
康介が妊娠するどころか康介の膣から自分の子供が顔を出さない限り部屋から出せない。
放っておくとろくなことにならないのが分かりきっている。
俺が目を離した隙に考えなしのバカがアホな行動をとるに決まっている。
それが下鴨康介というバカだ。
康介と俺の言い分、どちらが正しいのかと問いかけて康介を選ぶ人間は見た目に騙されている。
頭の中が残念なことを知らないから康介を正しいと感じるんだろう。
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