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二十一
弘文から何かを言われる前にオレは自分の部屋に戻った。
転校生が部屋から去った後にシャワーを浴びに行った弘文に不快感を覚えたこともある。
オレが寝ている間にリビングで二人が何をしていたのか考えると嫌悪感しか湧かない。
自分の部屋に戻って鏡を見ると間違ってお酒を飲んで迎えた二日酔いの朝より最低の顔があった。
こんな不細工な見た目でよく弘文に抱きつけたものだとやっと自分を笑えた。
家に連絡を入れると相手のことを聞かれることもなく妊娠したのなら学園を辞めていいとあっさりと許可が出た。
今更だが両親はオレにそこまでの興味がないんだろう。
両性として下鴨家の跡継ぎを産む役目をこなせばそれでいい。
細かいことなど聞いてきたりしない。
簡単に妊娠するわけじゃないのはオレでもわかる。
いくら何度も膣内射精をされても確実に孕むものじゃない。
お腹の中に何もいなかった場合、また学園に戻されるかもしれない。
それでも、一応は逃げ道ができた。
家への連絡はその場しのぎの嘘になって自分の首を絞めることになるかもしれない。
それでもオレは転校生に指示されて動くような木鳴弘文は見たくなかった。
オレが近くにいることに文句を言っても結局、全部が口先だけでオレを振り払わない。その特別さが失われてしまう。失われてしまったと思ってしまうのが嫌だ。
風紀委員長の兄である久道さんをたずねて再びの誘いをかけたいところだが、弘文にバレる可能性がある。
オレが頼めば久道さんは弘文に内緒にしてくれるはずだが偶然は侮れない。
生徒会室に何の用もなく弘文が来たことで、あの日にオレは久道さんのタネをもらい損ねた。
すこしでも弘文に察知されたらまた妨害される。
その結果として寝室に閉じ込められるのは構わないがあの部屋に転校生が現れる可能性を思うと吐き気がした。
きっと転校生からすれば弘文の行動は性質の悪い遊びに見えるのだろう。
実際、そうなのかもしれない。
木鳴弘文が何を思ってこんな行動に出たのかオレは知らない。
たずねるのが怖かったわけじゃないが、万が一にも転校生の名前が理由として出てきたらきっと発狂する。
オレは自分の弱さを改めて思い知っていた。
なんでも受け入れられる強い人間じゃない。
つらく苦しいのなら現実なんていらない。
事実だって知らなくていい。
真実がオレに優しい保証なんてない。
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