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「ちょ、なんで弘文ついてくんの」
驚いたような嬉しいような微妙な表情の康介の顔を両手ではさむ。
頬の肉があまりない。
出産後は何度か点滴を受けたがまだ細い。
神のご加護とやらがあるならもっと健康的でいいはずだ。
キスをされるのを期待したのか目を閉じたので頭突きをしておく。
康介の中に反省という文字がない。
「痴漢されたら俺に言えよ。近くにいて何で言わないだ」
「だって言ったら怒るじゃん」
今みたいにと恨みがましい目で見られる。
おでこが赤くなっていた。
「旅行なしになるの嫌だったし」
「そんなに楽しみにしてたのかよ」
「だって弘文を独り占めできる」
会社からの連絡用として二台持っているケータイとタブレットPC、俺個人のスマホが鞄に入っていなかった原因は康介だった。会社で何かあったら最悪、康介のケータイに何か連絡があるだろう。
いや、康介の両親と俺の祖母と俺のスマホからしか連絡できない設定なので会社から連絡は無理かもしれない。康介の番号も会社の人間は知らない。
「弘子が弘文のケータイでオレにメールしてきた」
まだ小学生にもなっていない娘の仕業だった。
家の中でスマホが迷子だと思ったら弘子がタオルに包んで靴箱にいれるという奇行を物心ついたときからやっていたのでこのぐらい余裕かもしれない。
「食べ物にすると深弘が仲間外れになっちゃうからお土産は写真」
「俺の写真じゃなくて風景でも撮れよ」
「風景なんて面白くないし、なんて言って子供に見せるの? 空が青かったよって? どこでも空なんてそんなもんだよ」
「俺だっていつでも俺だろうが」
「弘文は外に出る前しか鏡をじっくり見ないから分かんないだろうけど、今日は左側髪の毛はねてる」
「お前の手を握って寝てたからだっ」
俺の髪の毛がはねてる写真を見せられた子供たちのリアクションに困る姿が簡単に想像できる。
青空の方がまだいい。
「とにかく、風呂には俺も入る」
「寝癖は濡らしたタオルでぽんぽん」
「俺じゃねえ。お前を洗ってやるよ」
「スケベ親父か。娘のお風呂を任せられなくなるね」
「バカみたいなこと言ってんじゃねえよ。お前以外をそういう意味で触れたことなんかない」
性的な欲求を覚えたのも行動に移そうと思ったのも康介だけだ。
娘も息子もかわいいし愛しいが俺が抱くのは一生康介だけだろう。
「……じゃあ、オレって弘文の童貞もらってた?」
脱衣所で服を脱ぎながらチラチラと俺を見る。恥ずかしいらしい。
何度裸の付き合いをしたかわかってるのかと問いただしたいが照れている。
「知らなかったのか」
「知ってたかもしれないけど、でも、わかんないじゃん」
「ヤれそうな女なんかいなかっただろ。男は有り得ねえからな」
何度も言っている内容だが康介は「どうだか」と不貞腐れる。
いつまで経っても俺の潔白を認めない。
逆に俺が誰かを好きでいてほしいみたいだ。
「俺が風俗行ったら嬉しいのか」
「安全な場所なら気にしないようにするけど……」
「気にしまくってんじゃねえか」
「商売女の方が商売でやってるから優しいし上手いに決まってんじゃん!!」
「急に切れんなよ。お前と風俗嬢を比べるなんて話してねえだろ」
「商売でやってるのに弘文のことを好きになって家に押しかけてきて家庭崩壊させられる」
勝手に口に出した被害妄想に苛立ったのかタオルも持たずに浴室に向かう。
絶対に転ぶと追いかけて手を出すとその場で一回転したのか俺の胸板に突っ込んできた。
「ちくしょう! 弘文格好いいなぁ! なに! なんなんだよ、もうっ」
理不尽な文句を口にして「みんな弘文を好きになるんだっ」と拗ねだした。
「お前、俺のことメチャクチャ好きだな」
「はあ? 別にそんなことないけど」
さすがに、そんな嘘が通るわけない。
本当、康介はバカだ。
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