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五十六
弘文が息を荒げている姿はセクシーだ。
めずらしく俺を名前で呼んでくる。こういう時だけずるい。
浴室内に射し込む光に照らされた弘文にドキドキする。
自分の心臓の音しか聞こえない。
昨日に電車で感じた気持ち悪さや肌寒さが消えていく。もう何も覚えていない。オレのぜんぶが弘文でいっぱいになった。これを幸福感というのかもしれない。
少し動けば濡れた浴室で滑ってしまうかもしれない。
足に力が入らない。近くにいる弘文の魅力に腰が抜けそうになる。
浴室に駆け込むように入ったので電気はついていない。
外から見えないよう加工したガラスを壁一面に張っているようで室内に入った光は朝のもの。まぶしいぐらいに明るい中でオレたちは夜の営みを始めようとしている。。
キラキラ光っている弘文にドキドキするのは仕方ない。
誰もが分かりきっている事実、弘文は格好いい。唐突で訳が分からないことも多いし、暴力男でオレにやさしくなくても格好良くて頼れるのは間違いない。
旅行の荷物は全部弘文が持つし段取りを決めたり旅館を選んだのも弘文だ。
オレが予定をなかったことにしてしまっても弘文はオレの手を離さなかった。
昔から弘文はぐったりしているオレに「静かでいい」と言いながら付き合ってくれる。
弘文が一緒にいてくれなかったのは弘子を妊娠していた時ぐらいだ。
あの時期はずっと放っておかれた。
「弘文、へんたいっ」
口から出てきた言葉は別に昔の苛立ちをぶつけるためじゃない。
露天風呂には行かずに部屋に戻って敷きっぱなしの布団に転がされた。
それに不満はない。朝からエッチでどうしようもない弘文にときめいていた。オレがバカならバカでいいと思った。求められて嬉しかったからだ。そのオレの激しく動いていた心臓が冷えていく。ドキドキが消える。
「なんでお尻を弄ってんの」
「使えるようにしようかと」
鞄からコンドームを取り出した弘文は手早く自分とオレにつけた。そして、オレの腰の下に畳んだバスタオルを置くとローションをお尻に入れてくる。変態だ。アナルセックスは妊娠に関係ない。ノーマルな性癖とは言い難く変態だと言っていい。
「前ばっか使うとゆるくなるとか、そういうやつ?」
「今年は両穴責めて行こうと思ってるだけだ」
真顔でオレのお尻を解していく弘文。
今年はということは、今日だけではないということになる。
弘文はヤるときはヤる男というかヤらないときがない有言実行の男だ。
子供の数を考えれば弘文にヤる気がまったくなかったら四人はない。タネ違いであるなら四人ぐらいはよくある話だ。下鴨の両性は身体が男の体に膣がついてることによるイレギュラーな病気にかからない。
妊娠出産で下鴨の両性、オレは死なない。そういう風に出来ている。そういったルールが覆ったことはない。
同じように両性が跡取りを産まないという掟破りも許されない。目に見えないもので守られているのなら決まりは守っていかなければならない。
それでも、精神的に男なので同じタネで四人も子を成すオレのようなタイプは異例だ。
男だから男に抱かれるのは抵抗がある。心のどこかで女を抱きたいと思っているわけじゃない。ただ「女を抱きたいと思うのが一般的な男」という意識がある。弘文に散々常識がないと言われるがオレは至って常識的だ。
「両穴って、なに」
「二穴でもいい。膣と尻だ。尿道も含めてほしいなら三穴にしてやる」
さっぱり理解できない。
尿道がおしっこが出る穴なのはわかる。
今の話の流れで絶対に含まれない場所だ。
弘文の男性器がオレの男性器の中に入るような異常なことがこれから先、起こるんだろうか。
ゾッとして震えるオレに「ゆっくり細い棒からいく」と言われたが無理だ。変態もいい加減にしてもらいたい。
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