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番外:下鴨家の人々 「長男」1
下鴨鈴之介視点。
※番外編は時系列順に並んでいない可能性があります。
二人目の妹が生まれて少し経ったぐらいのときだ。
ずっと違和感があったことに答えが見えた気がする。
人間は普通、男と女がおり妊娠して子供を産むのは女の役割。
けれど、下鴨の家はそうではない。
俺を産んだのはコウちゃんだ。
どこからどう見ても男。
シュッとした美形という表現になるんだとテレビを見ていると思う。
コウちゃんと似た雰囲気のハーフタレントがキャーキャー言われていた。
そういう見た目のことは関係なく下鴨康介という彼を母親だと思ったことはない。
コウちゃんはコウちゃんであって他の誰でもなかった。
下鴨という家ではコウちゃんがコウちゃんであることは問題にならない。
ヒロくんは父親だったが時に母親のような小うるさいところがある。
でも、周りと比較して若さがあるからか強く父親だと意識したことはない。
俺と兄だとしても通用する年齢差だ。
ただ集中してパズルをしているコウちゃんがヒロくんの声だけ絶対に聞き分けるのがズルイと思っていた。
コウちゃんは真っ白なジグソーパズルを作る。
それに絵を描くのが俺の仕事だ。
弟である弓鷹はコウちゃんとレゴブロックを作るが俺はジグソーパズルへの着色だ。
色鮮やかにすればするほどコウちゃんは喜んでくれる。
ヒロくんはコウちゃんに「お前は失言が多い」と言うけれど明け透けで裏表のない言葉はいいと思う。
コウちゃんは思ったことしか言わない大人らしくない大人だった。
食べ物の好き嫌いはほとんどないのに人や物に対する好き嫌いが酷い。
ヒロくんに関わる人たちに特にアレルギー反応が出ている。
小さくても俺も嘘と欺瞞に片足を入れている。
学校の中で普通の雑談にまぎれて探り合いの気配に触れるときがある。
仮にぽろっと家の秘密や会社の内情を口にしたなら悲惨なことになりそうだ。
子供は賢く愚かだから大人の話を盗み聞きしてしまう。
そうしてどんどん社会に染まっていく。
周囲に潜む足の引っ張り合いの気配。それが気持ちが悪くていやになる。けれど家に帰れば何も考えてなさそうなコウちゃんがいる。
コウちゃんはいつだってシンプルで好きか嫌い、良いか悪いをマルとバツで分けてしまう。
整理できないのはヒロくんへの気持ちだけだ。
花占いだと称して花弁を散らかしながらときどきメソメソしているコウちゃんはヒロくんへの思いに溢れすぎている。
面白いけれど苛立つこともある。
「コウちゃんにとってヒロくん以外はぜんぶヒロくん以外なの。ヒロくんもね、きっとそう。そうじゃないと許さぬ」
妹、弘子はなぜか得意げにそう言う。
口がよく回る妹の言葉はわかるようでわからない。
核心であるようで脇道に脱線している気もする。
「それでもね、ふたりに一番好きな相手を聞くと……」
お互いの名前を口にするのだと思っていたら弘子は「一番好きなのは私たちなのでしたっ」と万歳をする。
弟である弓鷹はわかったようにうなずくが俺は納得がいかない。
ふたりは嘘をついている。
「兄貴、なんか疑ってるみたいだけどあのふたりにとってナンバーワンは子どもって、ウソじゃないよ」
「なんでそう言えるんだ」
「おにいはおばかさん。こんなに好き好き言われてるのに疑っちゃうおばかさん」
「弘子、口が悪い」
「あれだろ、兄貴はヒロくんと並べられたときにコウちゃんにヒロくんを優先されるのがムカつくんだろ」
弓鷹に図星をつかれるが「そういうことじゃない」と長男の威厳を保つために否定しておく。
弘子は「コウちゃんがヒロくんと比べてヒロくん以外を取るわけない」と笑う。
「このまえお友達になった子が『親は子供という植物にとって太陽と水、周囲の環境は土で才能は肥料』っておしえてくれたました。そのこころはっ!?」
「面白い考えの友達だね」
「兄貴その答えはねーわ。教師かよ」
「植物の育つ環境として適切じゃないと発育が不完全になるように子供も……ってことかな」
どう返せばいいのか分からなかったので近くにいた久道おにいちゃんに視線を送る。
俺たちの動画を撮っていたらしい彼はスマホをいじる手を止めた。
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