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五十八
頭の中にあるのは「どっちでもいい」「どうだっていい」という投げやりなもの。ただ早く弘文に触れられたい。弘文が気持ちいいと思ってくれるオレがオレだ。
「無理矢理するのはレイプになるし、気持ちいいと言わせると後で下手くそ呼ばわりされるから逐一お前の許可を取ることにする」
「へんたいだ、へんたいなことをする気だ」
「そうだな。……子供を作るんじゃなくて自分たちの快楽を追求していくのが変だっていうなら変だ」
オレの中にある矛盾も嘘も誤魔化しも弘文は全部まとめて知らないのに知っていて、見てないのに見つけてる。やさしくないと訴えながら許されるやさしさに甘えて、好かれていないと嘆きながら嫌われているはずがないと確信していた。
弘文のことを知っている。弘文のことだけを見ていた。だから、弘文が自分の望まないことをしないのは知っている。責任を取りたい、家族が欲しい、そんな理由で弘文が自分を曲げるわけがない。
弘文が弘文でなくなる日は来ない。転校生の正体のようにオレが弘文の中のルールが見えたり気づかなかっただけで弘文は最初から変わらない。
急に現れた転校生と親しく肩を組み合ったり仲良くしていたわけじゃない。傷ついた年上の友人が新しい場所で馴染めるように手伝おうとしていただけだ。弘文が優しいなんて知っていたんだから、アレが誰であるのか気づかないオレがおかしかった。
「……オレの身体、気持ち悪いって言った」
「言ってない。いつの話だ。妄想を事実みたいに口にすんなよ」
きっぱりと否定されたがオレはたしかに聞いた。
弘文は絶対に言った。
「仮にオレが言ったとして、それで傷ついたお前はセックスレスを希望すんのか、違うだろ?」
さすがにここでデリヘルを頼むとは言えない。
オレは弘文と違ってデリケートに出来ている。
腰を振って出して終わりではなく弘文にへばりついて一生を終えたい。
「気持ち悪がられても気にしないで立ち向かえよ。そんなこと大得意だろ」
弘文に対しては性的な話以外ならいつだってそうだ。
オレのやることなすこと全部が否定されても気にしない。
最後に弘文が受け入れると分かっているからいくらでも突き進める。
弘文がオレの手を握ってきた。
指の間に指を入れる恋人つなぎ。
ぎゅっと握られて「俺はずっとこうなんだろうよ」と言われた。
よくわからなくて握り返すと弘文が手を外そうとする。
「なに、なんで?」
「俺の手は外れてないだろ。康介が握ってくるから外れない。普通に手を握ってたら片方が手を外そうとしたら振り払える。けど、これだとそうはいかない。ケンカの時に近接で決めたい時に距離をとらせないように昔よくやってたわ」
相手を逃げられなくするケンカ殺法の話を裸で抱き合ってる時にする弘文は空気を読めない。
握り合う手を二人で見つめてオレはやっとわかった。
弘文は許してくれていた。ずっとずっと許してくれていた。永遠にオレが手を離さないでいても許してくれる。弘文が手を離してもオレのせいで離れられない。それでもいいと言っている。
結婚は書類上のことで何の意味もないのに弘文を縛り付けて損をさせてしまう。そう思っていた。
お互いに婚姻関係が継続できないと納得しなければ離婚届が出せない。
恋人つなぎのように握り合ってしまうと片方の意志だけで離れられない。片方の意志で決められない。相手を信頼していたり、相手と離れようと思わないからこそ選べる契約。
オレの中にあり続けた「なんで?」という疑問への答えが握っている手だ。
お互いが同時に離れようと思わない限り外すのが難しい。
逆に言えば今までずっと離れずにいたのは弘文が握っていたからだ。オレは何度も数えるほどに手を離していた。握りたいのに握ったら自分の何かが負ける気分になる。取り返しのつかない自己否定とはオレが両性であるということだ。
人とは違う身体。
気持ちの悪い身体。
自分だけにある義務。
否定しないで受け入れていたのは両親がオレはこういうものだとして生まれて生きていくのだと教え続けたからだ。
誰の代わりにもならないオレの役割。跡継ぎを産むために男なのに膣を持った。
男か女が普通であってオレが普通から弾かれていたなんて分かっていてもオレの基本はオレ自身だから他人の普通に馴染めない。
弘文の普通の中にオレは絶対に入れない。だから、特別が良かった。例外でありたかった。
普通じゃない身体だったとしても特別なら許される。オレがオレであることを弘文には許し続けてもらいたい。
「気持ちいいのは嫌いじゃないから、やっぱりどっちの穴でもいいよ。弘文はどっち使っても気持ちよくしてくれるんでしょ」
握っている手に力を入れて息を吐き出す。
「オレのお尻でエッチしながら脳内で別人をコラージュしてたら嫌だなあって思ってた」
「お前の中の俺はどれだけ最低野郎なんだよ。なんで後ろ使うの嫌がるかと思ったらバカか? いや、知ってたよ。お前はバカだよ」
「本命の男とエロいこと出来ない腹いせでオレを」
「気持ち悪いこと言ってんなよ。あぁ、気持ち悪いって、……お前の身体の話じゃなくて考え方だろ。性格とか。悪いところしかない」
雰囲気をぶち壊してラブラブエロエロムードを台無しにする弘文に言われたくない。
手を離そうと暴れるが押さえこまれた。
「結婚してよかったって改めて思ったのにぃ」
「今更かっ! 前の時にツッコミ入れたら殴りそうだったから言わなかったが遅すぎるだろっ」
どっちがいいのか聞いておきながら弘文が勝手に挿入してきた。もう待ってはいられないという童貞メンタルかもしれない。怒られるので言わないでいたがバレていたのか二穴とも突っ込まれた。
弘文が度がしがたい変態でもオレは手を離さないだろうからこれはオレたちにとって当然の成り行きだったのかもしれない。
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お読みくださってありがとうございます。
このあと、番外編として子供視点や久道視点などが続き、
この2年後ぐらいの連続エピソードの番外編を掲載します。
転校生に関しては、そちらでまた話題が出たりします。
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