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番外:下鴨家の人々プラス「海問題14」

とある元不良視点。  木鳴弘文と下鴨康介の子供が一筋縄でいくはずがない。  そんなこと、わかりきっていた。     「あなたは下鴨康介に性的な興奮を覚えますか?」      いくらなんでもこの質問はない。  俺が下鴨にとって知人以下だったと告げたというのにこれだ。    俺たちの学校が全寮制の男子校で同性愛に関して寛容だと知っていての発言なのか、自分の親たちを見て俺も「そういう人間」だと思われたのか。    久道さんは同じことを聞かれても「すごく興奮するね」と微笑んでスマートに切り抜けそうだ。少なくとも俺のように困った顔をして年下の少女に「どうなのよ」と言われたりしない。  助けを求めて久道さんを見ると長男が次女に野菜を食べさせている姿にカメラを向けていた。   「ヒロくんはコウちゃんのうなじを見つめるのに忙しいのです」    あえて、見ていない方向の話をされた。  パラソルの下で俺のピンチを他人事にしている彼らに娘にどんな教育をしているんだと言いたくなる。   「NOならNOとはっきりおっしゃい。沈黙は肯定でしてよ」 「あいつの性格知らなかったら、まあ」 「人妻はみだらであると」 「いやいや、何言ってるのかな」  心のメモ帳に刻んだとばかりの長女の反応に俺は慌てる。  今も昔も変わらずに見た目は極上だ。  だからこそ、性格も言動も残念すぎる。  学園の親衛隊の一部がそうであったように下鴨康介が木鳴弘文と出会わなかったのならという前提でならいろいろと考えることは出来るが、彼らは出会って現状がアレだ。    他人を巻き込み、誰かが怪我をしたり人生を棒に振っても彼らは彼らの生き方を改めたりしない。  とくに下鴨康介は最低最悪に凶悪だ。    下鴨康介の視線や関心が少しでも木鳴弘文以外に向いていれば良かった。  周囲を思いやる優しさを持って欲しかった。  ヒナによって巻き起こされた悲劇は下鴨康介によって安全に回避できたはずだ。  あいつはそれをしなかった。    久道さんから言わせれば天使である下鴨康介。  聖書で悪魔の殺人は十件で神は二百万件以上というデータを思い出す。  神の命で天使も人々を殺している。    天使とは決して純真無垢で綺麗で正しいものではなく天の御使いであるだけだ。  下鴨康介にとっての神が木鳴弘文ならチームにいた俺たちはみんな平和だった。  幸せの時間は続き、俺は不良と言われても否定せずにあの集団の中にいたはずだ。     「あなたは下鴨弘文に性的な興奮を覚えますか?」    これに関しては「それはない」と即座に否定できた。  憧れは憧れ以外にはならない。  男としての理想像ではあったが、性的興奮を覚えることも恋愛関係になりたいと思うこともない。  逆に言えば下鴨康介に対してはそういった願望があったのかと問われると完全な否定は難しい。そう言っているのと同じだ。    中学の入学式の日に自己紹介した瞬間を今も忘れていない。  それが俺にとってのすべての答えだ。  木鳴弘文と出会わなかった下鴨康介というありえない仮定の下でなら、俺の中学高校の生活どころか人生も下鴨康介に捧げたかもしれない。木鳴弘文よりも先に俺は下鴨康介と出会っていたのだから二人が出会わなかった世界を望んでしまう。    木鳴弘文と連名にして毎年欠かさず下鴨康介に年賀状を送る俺の執着心。  未だに木鳴弘文と仕事上とはいえ繋がりを持ち続けていることの真意。  自分自身すら誤魔化せないから長女の言葉に翻弄されてしまう。  何も知らない幼い子供に見透かされている気がして怖じ気づく。  彼ら二人が出会わないことを望むのは現実逃避でしかないと分かっていても、そうであったらどれだけいいかと感じてしまう。   「では、あなたはこの私、下鴨弘子に性的な興奮を覚えますか?」 「何言ってんだよっ」 「NOかYESか」 「NOだ! 絶対にNO!!」 「つまりあなたは、おにいが……うちの長男である下鴨鈴之介に性的興奮を覚える変態であると」 「いやいや、ねえよ! どっからその結論を引っ張ってきた」 「コウちゃんの性格を欠点ととらえるのなら、おにいあたりがベストになりましょう」 「ならねえよ。年下すぎるし、男じゃねえか」    思わず下鴨康介の幼少期と似ているのかと長男を凝視してしまう。  中学のころの下鴨康介の方が小学校高学年の今の長男より線が細かった気がする。  

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