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番外:下鴨家の人々プラス「海問題15」
とある元不良視点。
「男であってもコウちゃんのビジュアルは興奮すると」
「そういう言い方するなよ。君も女の子だろう」
「だからこそ、グループ分けを考えているのでしょう!! 朴念仁どもが気にしないからっ」
頬を膨らませる少女の姿に俺は目を点にする。
「我々はサバイバルをするのです」
「マジか!? 今日??」
「チームはお互いを助け合うだけではなく、それぞれでテントを張るのです。つまり、強姦魔が、ごほん……性衝動をおさえきれない野蛮人がいては困ります。おぬしを打ち首にするのは忍びないのですよ?」
「ありがとうございます? いや、最初にそれ言ってくれよ。何もしねえって」
「雨に打たれて冷えた身体をあたためてくれと潤んだ瞳で懇願されても?」
「ないって」
「嘘おっしゃい。ちょっと黙ってろと言いながら抱きしめるだけ抱きしめて悶々とした気持ちでこの島を出るのでしょう」
「君の中で俺は一体どうなっているんだよ」
思わず頭を抱えると視界に目隠しをした次男が見えた。
スイカ割り用に木刀を持って俺の方にやってくる。
勘弁してくれと思っていたら下鴨康介が止めに入った。
スイカの方に向かせて「まっすぐだ、がんばれ」と次男の背中を押す。
本当の意味で下鴨康介が嫌な奴ではないことぐらい分かってる。
今のようにスイカの代わりに俺の頭が砕かれたりしないように必要最小限であっても気にしてくれる。
会長として木鳴弘文と同じ仕事量がこなせなくても不満を言わずにサポートしてくれた。
それでも、あまりにも木鳴弘文ありきの言動に俺のことをもう少し気にかけてくれよとかもっと優しさがあってもいいんじゃないのかと思わず愚痴ってしまいたくなる。
下鴨康介は他人が見れなかったわけじゃない。見なかったのだ。周囲の人々を蔑ろにしていた。
多少なりに下鴨康介を好きであった俺ですら肩を持ちたくなくなるような、そんな言動が日常的だった。
それにしても、俺と長女を放置してスイカ割りを始める自己中心ぶりはどうにかして欲しい。
こっちはスイカ割りを傍観する気分じゃない。
「ヒロくんの型落ち品で喜べたってことはコウちゃんが好きなんだろうなって思えたの。コウちゃんに認められたって、そういう意味だって分かったのでしょう」
どうやら俺と下鴨康介の電話での会話を聞いていたらしい。
下鴨康介がどのぐらい木鳴弘文に心を割いていたのか知っている。
だから、それを思うと悪い意味じゃない。
木鳴弘文がいたので俺の出番は一生回ってこなかっただけ。
「会長は弘文が好きだからな」
下鴨康介は自分の娘の言葉に微笑む。
正しくはあるので否定しない。
だからこそ、永遠に下鴨康介は俺の気持ちに気づかない。
俺の真実にそもそも興味もない。
下鴨康介の稀に見せる俺への優しさは木鳴弘文が人の気持ちをすくってやるものとは違う。
弱い人間にすがりつかれても木鳴弘文は気にしない。
自分で立ち上がって立ち向かうまで手助けだってしてくれる。
強く頼れる男だからこそ木鳴弘文はリーダーだった。
どんな人間が現れても彼の余裕は崩れない。そんなことあるわけもなかった。
「おい、スイカ食うぞ」
木鳴弘文の言葉にあまりにもあっさりと下鴨康介の視線が俺から外れる。
次男がスイカを無事に割ったらしい。
久道さんが歓声を上げている。
木鳴弘文の代わりのように次男を褒める。
昔はクールな人に見えたが子供たちへの対応は親バカみたいだ。
同時に家族に溶け込んでいて羨ましい。
木鳴弘文本人は息子の勇姿ではなく俺を見ていた。これが無自覚な牽制なのは知っている。
長女の質問攻めを助けてくれないが聞かれていないならそれがいい。
聞かれていても何も変わらないかもしれない。木鳴弘文はそういう人だ。
木鳴弘文が余裕がなく、ルールから大きく外れたことをしたのは一度だけかもしれない。
転校してきたあの人が学園に馴染んだ空気を感じて、距離をとっていた下鴨康介の姿を見に行った、あのときだ。
すぐに俺たちの集まりに戻るのかと思えば音信不通。いつに連絡しても電話に出てくれる人だったからこそ驚いた。
三日後ぐらいにあの人が声をかけてたことで何があったのかオブラートに包んで聞きはした。
久道さん以外、その展開についていける人間はいなかった。
下鴨の身体のことを知っていたなら自分が先に動いたとあの時に確かに思った。俺だけじゃない。木鳴弘文から話を聞いたあの場にいた何人かは確実に思っていた。だからこそ、こうして木鳴弘文は俺と下鴨康介が過度に接触しすぎないように割って入ってくる。
手をつかまれて思わずその場で飛び跳ねる。
長女が「あなたには黙秘権があります。口にしたくないことは口にせずとも構いません」と先程と同じことを今度は小さな声で口にする。
「あの光景を見て、率直な感想をどうぞ」
憎らしかったのだ、昔は、とても。
俺には笑いかけないのに木鳴弘文の些細な言葉に満面の笑みを返すあいつやそれを当たり前の顔で受け流す彼が。
彼らが一緒にいる姿など見ていたくなかった。
今は違う。もう乗り越えているはずだ。
とっくに諦めきったつもりでいる。
それなのに長女の瞳を見ると自分の嘘に気づかされる。
チームの人間を、木鳴弘文の会社の人間を呼んだのは仕事のためじゃない。
仕事の下見やレジャー施設を使わせてやりたいとか、そんな気持ちからなら事前に話を通したに決まっている。
木鳴弘文を驚かせる意味なんかない。
彼らを呼んだのは木鳴弘文が彼らの対応に時間を割くと知っているからだ。
木鳴弘文は身内に甘い。仲間が悪人であってもリスクの一つとして受け入れる。
心の広さを周囲に見せつけることで男としてのレベルが上がる。
とはいえ、俺は理解できない。
木鳴弘文はヒナをチームに迎え入れるどころか役職持ちの社員として会社に置いている。
ヒナが何をしたのか、ヒナが何を思っているのか知りながらもそんなことをしてしまう。
木鳴弘文はこの世で一番おそろしくて残酷かもしれない。
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