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番外:下鴨家の人々プラス「海問題23」
下鴨弘文視点。
弓鷹に視線を合わせようと屈むと顔を横に向かれた。
息子の反応がショックすぎるが康介が笑っている気配がするので致命的なわけではないはずだと自分に言い聞かせる。
せめてヒントをくれとねだりたいが難しそうだ。
すでに弓鷹は手がかりをくれている。
少なくともそのつもりでいるので俺が何かを聞けばそれだけで怒るか泣き出す。
弘子以外みんな聞き分けが良くて大人しく賢い子供たちは康介が自分優先でもグレることがなかった。
子供はみんな自分を優先されたがるが康介は自分至上主義だ。カメラで俺を撮影するように自分が好きなことしかしない。そこに不満がたまるのは分かる。
俺は逆に仕事をしているにもかかわらず子煩悩で優しくありがたい尊敬される父親のはずだが、弓鷹の視線からすると失敗している。
『なんでそんなに勝手なことができんの』
『ヒロくんはコウちゃんのこと好きだって思ってた。言葉にするとかしないとか関係なく、前提なんだって、でも、違う。違ったんだ』
頭をフル回転させて俺は真実に辿り着いた。
康介が俺を庇うようなフォローをしないということは康介自身も俺に思うところがある。
それでも、弓鷹のように怒るには事態が風化している。
発端は過去にあり、けれど今もまだ継続していて弓鷹の目に入る「俺の勝手」で「康介を好きじゃない」と判断されるような言動。
俺は康介の下半身を見る。
弓鷹の年齢を考えれば不思議じゃない。
第二次成長期に入って身体は変化していく。
康介の身体的特徴に嫌悪感を示すことは常識的に考えてありえるが、弓鷹からするとその可能性はない。
普通の親じゃなくて嫌だとグレても身体の話ではなく康介の性格面での話だ。
両性具有であることをマイナスでもプラスでもなく当たり前に感じている。
康介の両親が下鴨とはそういうものであると幼少期から言い聞かせている。
完璧に男になる手術や女性として生きていくためにホルモン投与なんていうことを下鴨は一切しない。
下鴨にとって両性は両性であり男のなりそこないで女の部分があるわけではない。
これは下鴨を名乗る上での常識で世間が思い浮かべるものとはズレがある。
両性であることを明かすと同情されたり好奇の目を向けられる。それは一般的な男女の体と違うのなら仕方がないかもしれない。だが、下鴨家はそれを許さない。跡取りを産んだ尊い存在にそんな屈辱を受けさせてはならないという感覚なのだろう。
両性だと知っていても下鴨の親族たちが康介を変な目で見たり過剰に心配することはない。心の内はどうであれ、ごく普通に接していた。
弓鷹も下鴨の人間として康介の体に対して疑問を持たずに生きていたはずだ。
それなのにこの第二次成長期のタイミングでの爆発。
答えは一つしかない。
康介の下の毛がないことだ。
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