101 / 192

番外:下鴨家の人々プラス「海問題22」

久道視点。    前提を間違えている。    ヒロは空気を読む読まないなんて関係なく康介くんならそれで良かったんだ。  康介くんの言動をヒロは最初から全部許してる。でも年上なので注意しないとならないと小言を口にしていた。木鳴弘文は常識的な人間として知られていたので非常識な立ち振る舞いに注意をするのは当然だ。そこにヒロの気持ちは関係ない。木鳴弘文として今までやってきた主義主張を裏切らないためにヒロは形式的な注意を口にしていたに過ぎない。    ヒロはいつだって本音と建前の使い分けが上手い。時には自分すら騙すほどの大嘘吐きになれる。嘘に慣れてしまっていた。だからこそ、俺はヒロといるのが楽で腐れ縁が延々と続いている。   「ヒロが叶えてくれないかもしれないことは言えないってことだね」 「だから私がいるのです。私はヒロくんに嫌われたって気にしないもの。コウちゃんが悲しい思いをするのは嫌いだけど、コウちゃんの悲しむ原因が私の悲しみの発生源にはならないの」    どこまで何を分かっていて弘子ちゃんが動くのか、それは読めない。   「コウちゃんは私たち子供を愛しているから、私たちが不自由だと、途端にとても息苦しくなってしまうの。ヒロくんだって私たちを愛しているのだから話し合ったらそれで終わりよ。桜吹雪も印籠も見せる間もなく解決ね」 「弓鷹くんはあの日のカフェのことを引きずっていたけど」 「残念、ひーにゃん観察が足りないぞ」 「精進します」 「引きずっているのは私が髪を切ったあの日よりもっとずっと前からなのですぞ」    根深いものが弓鷹くんとヒロにあるとは知らなかった。   「コウちゃんはたぶんきちんと言えなかったの。だってヒロくんに何をされても構わないって全身で叫んでいるんだもの。コウちゃんはそんな自分を変えられない。でも、子供のことを考えていないわけじゃない。板挟みにならないように我らが聡明なる次男は不条理な世界を黙認しておりました」 「カフェが原因や転機ではなくピークってことか」 「ひーにゃんは賢いわね。無視していた感情が一定のラインを越えて襲い掛かってきて、あら大変。下鴨弓鷹は下鴨弘文を絞め殺したい気持ちになりましたが、それは下鴨康介が悲しむので出来ないのでした」    弘子ちゃんが手書きで関係者以外立ち入り禁止と書かれた扉をノックする。  分かった上で動くのなら積極的すぎる。  分からない上で動いているなら彼女は神様かもしれない。   「次男の反抗期がヒロくんから束の間、コウちゃんを奪うというかわいいものなら、長女である私の反抗期はもっと挑戦的で刺激に満ちていて構わないでしょう」    不安しかなくて心臓に悪い。  それなのに俺は弘子ちゃんの願いを叶えてしまっている。  なんだかんだ文句を言いながらも康介くんの望みを叶えていたヒロと同じ心境なんだろうか。   「ご機嫌麗しゅう? お雛さま」    バンダナを巻いてサングラスをつけた男が弘子ちゃんを見て「ああ!?」と凄む。  子供相手に大人げない対応だが、相手がヒナならこれでも優しい。  昔から女子供関係なく血だるまにしていた危険人物だ。話が通じないが素直なので俺はべつに嫌いじゃない。  街中で顔を合わせたら酒を奢ってくれたりする。  ヒロへの愚痴と不満と殺意を垂れ流していて酔ったヒナはおもしろい。店員や他の客を半殺しにすることもあるので取り扱いには気を付けなければならないが、他人として外から見ている分には愛すべき人格破綻者。    いざとなったら俺が盾になる覚悟はあるが、身体が動くか自信がない。現役から退きすぎて反応が遅れるかもしれない。弘子ちゃんを守りきるためにも気を張っていないといけない。    

ともだちにシェアしよう!