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番外:下鴨家の人々プラス「海問題27」
下鴨弘文視点。
集合場所に向かいながら先程のことを思い出す。
弓鷹の訴えが胸に響くのは息子だからということを差し引いても正しいと思えるからだ。
俺が見過ごしていたものが弓鷹は許せなかった。康介の子供であるから、それとも俺の子供だからこそか、放置できなかった。
「俺はレゴとかって、コウちゃんの心の一部みたいなものだと思ってる。時間をかけて作り上げたものだ。だから、大切にしてあげて。……価値があるものだって、そうしたかったならコウちゃんに伝えないとダメだろ。ヒロくんはそういうところ雑だよ」
弓鷹の見立てが正しいなら康介は自分の心に頓着しないということになる。
いいや、正確には犯人が俺なら構わないということだ。
康介のそういった性質を踏まえて弓鷹は俺に殺意混じりの怒りを向けた。
俺の軽率さを自分しか指摘できないと感じたからだ。思うところがあっても康介は現状を放置して俺は永遠に気付かないまま。弓鷹からしたらストレスが溜まることだろう。
「ヒロくんのコウちゃんを大切にする仕方が時々すっごく自己完結してる。勝手なことばっかやってふざけんなって思ったけど、コウちゃんやっぱりヒロくんのこと庇うんだもん。ふたりとも何なんだよ。わかってたけどさ」
拗ねるように唇を尖らせる弓鷹は猫耳がなくてもかわいい。目元と鼻が赤くなっている。
「コウちゃんが俺とずっと居たのはヒロくんのこと嫌いにならないでねってことだよ。俺のためじゃない」
「それは違うだろ。康介は弓鷹のことが大事だよ。大切に思ってるから俺との間をうまく取り持てなくてごめんって思ってたんだろ」
康介が康介なりに伝えようとしていることが俺にはさっぱり理解できず、弓鷹は理解しすぎてしまった。察しが良すぎて気が回るせいで康介の分も俺を怒らなければいけないと思ったんだろう。優しい良い子に育っている。
弓鷹が指摘してくれなかったら康介の態度について深く考えはしなかった。いつもの気まぐれとして流しただろう。
俺の中にある康介のイメージが何を言っても俺の隣を人に譲らない自分勝手な奴だからだ。
中学高校のあの時から俺の康介への感じ方は変わっていない。
アイツが勝手に離れようとしたりフラフラと他人についていこうとするのを阻止して、家族という枠の中に入ったのに未だに落ち着いていなかった。
どれだけ説明してもアイツは納得しなかった。理解もしていなかった。
結婚してよかったと口にするものの実感はまだまだともなっていない。
理由は弓鷹が怒った原因そのものだ。
手続きの不足。
俺とどうなるのかを康介にきちんと伝えきれていない。
婚姻届ですべてを理解しろだなんて下鴨康介には無理な話だった。アイツが人の話を聞かないことなど知っていたのに手を抜いた。
俺は康介に自分の気持ちを届けきっていない。
教える必要などそもそもないと思っていたが、息子に自己完結と言われて喜べる親はいない。
行動を起こさなければ情けないだろう。
「指輪、俺が持ってていいの」
「弓鷹なら失くさないから安心できる。失くしても弓鷹なら諦めがつくからな」
「ヒロくんは自分が何をしてもコウちゃんが喜ぶから手を抜くよね。俺はそれを悪いとは思ってない。今回みたいに限度はあるけどさ。兄貴みたいにわかんないってことも、弘子みたいに酷いとも思ってないよ」
こんな賢い次男が怒ったということを軽くとらえちゃいけない。
俺が康介を結婚したのは変化を望まなかったという一言に尽きるのかもしれない。
下鴨康介は俺を追いかけ続ける人間でよそ見などしない。
久道と子供を作ろうとしたり、俺に他人行儀な態度をとったり、俺から逃げようとはしない。
康介の意味の分からない行動を塗りつぶすために結婚した。
結婚したことによって康介の問題行動に対して許可を与えたつもりでいたが、先日あるいは深弘を妊娠するまで康介はわかっていなかった。
バカバカしくなるほどに俺のことを考え続けて、俺だけ見続けた康介をそのままの状態にしておきたかった。
それが俺と康介にとって日常だったからだ。
『オレだけ見てて』
出会ったころから分かりきったことを康介は先ほど内緒話のようにわざわざ言ってきた。遅すぎる。そう思ってもいい許可を与えてやったのに言わずにため込んだのだ。バカだと思い続けていたが康介は本当のバカだ。
結婚しているのだから康介以外を見るわけがない。
いいや、逆だ。
康介以外を見ないからこそ結婚することに決めたのだ。
中学時代に俺がうんざりするほどに無言で自分自分で押しつけ続けて、結婚したら一旦少し引き気味という後退現象。
これは俺ではなく康介がおかしい。
それでも康介がおかしくない時はないと違和感を無視していた。
康介が失踪したがる理由も急にときどき余所余所しくなる理由も突き詰めて考えようと思わなった。
結婚しているのだから、離れられないのだから、離すことなどありえないのだから気にする必要がないと判断していた。
これこそが弓鷹の俺の苛立ちポイントだろう。
久道に時折あきれられる結果重視で過程が雑という俺の悪癖。
結局、同じことになるなら道順は最短がいい。
犠牲や障害があっても他の道だって似たり寄ったりだ。
「ヒロくんのことやっぱり嫌いにはなれない」
「康介が俺を好きだからか」
「ヒロくんがコウちゃんを大切にしてるなら、俺はヒロくんを一生嫌いになんかならないよ」
すごく珍しいことに弓鷹が俺の手を握ってくれた。
歩くときに俺の手を握るのは鈴之介や弘子で弓鷹はほとんどなかった。
感動していると「あれ、誰」と口にして足を止めた。
手も解かれてしまって内心で肩を落とす。
邪魔したのは誰だと弓鷹の視線の先をにらむと意外なやつがいた。
「ヒナ、お前何してんだっ」
勝手にうちの娘と親しげに話すなと口にする前に異様なものを見てしまった。
弘子は魔王なのかもしれない。
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