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「海問題 不要かどうかの判断は人任せな×××」

海問題 下鴨康介は誰より自己中心的だ」の同時刻。 「十九、二十」あたりの回想含みます。 ×××視点。     「久道さんのことはオレの管轄外だけど、弘文のことにオレは口出しできる。……なにせ、妻だから!」      自信満々な下鴨康介は嫌味だと思う。  愛されて大切にされた人間だっていうのが分かる。  だから、愛されなくて大切にもされていなかった木鳴弘文を好きな連中に嫌われながらも羨ましがられる。    木鳴弘文が作り上げた集団に所属するのは何パターンかの人種がいる。  僕はひー君のおにいさんとして木鳴弘文を好きな人間の筆頭として旗振りをした。  そうすることによってひー君が僕に注目するし、ひー君は僕を無視できなくなるし、ひー君は僕を嫌える。    木鳴弘文がひー君に好かれたいのに平気で嫌われていく僕をかわいそうだと言いながら、だからこそ放っておけなくなることも知っている。  賢くない選択は木鳴弘文の目に留まる。  危なっかしい人間を安全な場所に連れて行きたくなるのだ。僕は木鳴弘文とは逆に危なっかしい場所にいる人間は一思いに息の根を止めるべきだと思う。崖で落ちようかどうしようかと悩むなら僕はそこに行って背中を押してやる。親切心だ。一人では飛べない人間に対する優しさだ。    退院後、転校した時に木鳴弘文やチームメンバーを引き寄せたのはひー君が卒業後に家を出ると思ったから。  全寮制なので当時も家にいるとは言い難いひー君だけど、卒業したら木鳴弘文とルームシェアして大学に通いそうだった。  風紀委員長までしひー君に合わせている実の弟がかわいそうだと感じる出来た兄である僕はちょっとした遊びを仕掛けた。    下鴨康介とひー君だけの空間を作り上げる。  これは僕がちょっとした意地悪でイタズラだって言えばいい。  木鳴弘文も公認だと言えば従わない人間はいない。僕が育てた周囲への信頼と木鳴弘文が間違うわけがないという盲目的な彼らの信頼を踏み台にした遊び。    誰も木鳴弘文がすることに文句をつけないからこそ、僕が事実に混ぜ込む嘘にも気づかない。    僕がコー君に本気の悪意を向けるなんて誰も考えないし、僕だって別に本気の嫌がらせじゃない。お遊びだ。一人っきりにするんじゃなくて、ひー君という相方をつけてあげるんだから淋しいなんてワガママだ。    ひー君は勘がいいのか僕が嫌いなのか、木鳴弘文を理解しているからか、いつだって僕の嘘や誤魔化しに敏感で、でも、どこがどこまでとか、何がどうなっているなんてところまで辿り着けない。辿り着いたところで意味はないことを僕はしている。    嘘を吐く必要のないところでも僕は嘘を吐く。  そうすることで本当の僕の気持ちも分からないという顔が出来ていい。  木鳴弘文だけは僕のことを「バレバレだろ」と嗤うけれど、いつだって許してくれている。  僕が木鳴弘文を本気で怒らせたり、幻滅させたり、切り捨てる部分にまで手を出さないと信じてくれているからだ。  たしかにその通り。  僕が気を付けていたのは、ひー君じゃなくて木鳴弘文に嫌われないことだけ。  木鳴弘文が笑っていられないイタズラをする気はない。    もし、ひー君が僕の厚意の理由(わけ)を紐解いて弟の気持ちに気づいたなら膠着状態が変わるかもしれない。  もし、ひー君が下鴨康介と結ばれたら僕は木鳴弘文が手に入るかもしれない。  もし、ひー君が良い弟になったのなら僕もいいお兄ちゃんになる。    結果は木鳴弘文と下鴨康介のこれ以上にない結びつき。    こうなると思っていたと微笑みながら「僕のおかげで二人は結ばれたんだよ、分かっているの?」と尋ねてみる。木鳴弘文は少し考えて「お前がそう思っているなら、そういうことにしといてやる」と僕の言動を肯定的に受け取った。    僕と木鳴弘文のやりとりを下鴨康介が聞いている気がした。そうすると僕の中にある抑えきれないものが騒ぎ出して、笑いながらそいつは口を開く。  コー君を部屋に閉じ込めるのはよくないと二人の恩人だという顔で僕は告げる。  常識的に間違っていると木鳴弘文が判断するとわかっているからこその提案。コー君が幸せの絶頂だろうからこそ、と思う。    僕の気持ちはそう珍しいものじゃない。  学校の中では少なかったけれど木鳴弘文を好きなチームの人たちの総意だ。  下鴨康介は木鳴弘文に特別扱いをされているんだから不幸な目に合えばいい。  僕が代表してやっておくという顔をすればみんな何でも従うし、溜飲を下げる。  恨みつらみを吐き出す顔や人の不幸を願う醜悪さは気持ち悪くて最低だ。    他人に都合よく使われたがる僕がいる一方で他人の不幸を願わずにはいられない僕もいる。   「弘文に依存するのも弘文の周りにいるのも弘文の許している範囲だろうから別にいいけど、弘文の時間を食うな」    痛いところを突かれたというべきだろう。  僕がかすめ取っていくものが何であるのか下鴨康介は的確に理解している。  一日に使える時間っていうのは限られている。  どうせ下鴨康介にとって木鳴弘文は用済みだ。  家庭を作ろうという気もなく家にいるだけの下鴨康介に木鳴弘文はもったいない。 「……少なくともヒロくんの意思を無視させて朝帰りさせるようなことを社会人としてあってはいけない!!」    下鴨弘子ちゃんには拍手をしたくなる。 「ヒロくんの帰りが遅くなったりするのも原因を手繰り寄せればあなたになるのでしょう。証拠とかいいから。私の直感による決めつけで断定いたしますっ」    自分が子供であることを武器にして彼女は断言した。  僕がいくらでも言い逃れできる状況を作り上げてもそれを無視して自分の直感の上で責めてくる気でいる。  普通じゃないが二人の子供らしさがあふれている。    木鳴弘文の朝帰りとして例を挙げられるのはかわいそうな子たちの集会だ。    腰抜けたちは大した行動も起こせずに木鳴弘文に頭を撫でられて泣きじゃくっていた。  酔っていようが木鳴弘文は木鳴弘文ということなんだろう。  誰かの頭を撫でたり背中を撫でることすら嫌がる男が、そうしなければ死ぬというほど思いつめてる人間がいたら仕方がないから付き合ってやる。    木鳴弘文に学生時代心酔したくせにひー君の手を取った裏切り者たちは、それを後悔していた。  ひー君からすれば身体の関係なんて自慰に使うティッシュみたいなものだ。大切じゃなくて消耗品。  その感覚は僕も木鳴弘文も分からない。だから放置されていた問題の一つ。    心の置き場所がなくなって、普通に生活していても目がくすんでいる醜い彼らに木鳴弘文の予定を伝える。  少なからず学生時代に交流のあった人間の頼みをチームのメンバーで構成されている会社の人間は聞く。  直接そこに僕は介入しない。休み時間に現れて話をしだすことに不自然さを感じない愚鈍さが悪い。    最終的に何もなかったので「ひー君のストレス発散になったよね」と木鳴弘文に笑いかければ「そう思ってんなら、そういうことにしとく」といつものように返される。僕は許されている。何にもならないことは知っていた。僕は何も悪いことをしていない。木鳴弘文が僕を責めないから僕は悪くない。   「久道さん、秘書して」    聞こえた言葉に耳を疑った。  思わずヒロを見れば笑っていた。分かっていたんだ。   「オレは社長夫人じゃなくて社長になる」  僕がずっと放置されていた理由は木鳴弘文が優しいからじゃない。  僕がかわいそうだからでもない。    分からないわけがない。    僕をこの状況からヒロが救ってくれないのは、庇おうとも思っていないのは、初めからこうなることを分かっていたからだ。  僕はただの下鴨康介の踏み台だ。  僕がしていることはヒロにとってどうでもよかった。  。    でも、コー君はヒロから与えられるものだけで満足していた。  子供を手に入れて幸せならさっさとヒロから離れればいいと、そう思っていた。    ぼんやりと、うっすらと、離婚したりしないかなと思いながら投げつけたいくつかの事件は問題にならない。  彼らは文字通り。  二人にとって問題になりえるのはお互いがお互いをどう思うか、家族として、親として、子供たちとどう向き合うか。    絶対に僕が介入することのない場所で生きていく。    ヒロはきっと僕がそれを気に入らないと思っていることを知っていた。  だからこそ「かわいそう」と嗤う。  僕の手を取る気などないから笑う。  

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