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「海問題 下鴨弘文から補足と決定2」
「康介が言い出したら聞かないのは分かってただろ。だから、ありがとうな」
手を振る俺にショックを受けたような分かっていたような複雑な表情をする。
弘子に「なんでお礼言うの」と言われたがわざわざ頼んでいたワインを運んできた上に社員が二人増えたのは俺にとってプラスだ。
「なんなのっ!! 正義は勝つとは限らないって掛け声でジャンケンしだす男子を見た時ぐらいに気持ち悪いっ」
「地方や年代によるだろうがよくあるやつだぞ、それ」
「コウちゃんを泣かした奴に優しくするなんておかしいでしょ。お礼ってなんですか!? 百四十文字以内で説明して」
ツイッターにでも投稿したいのか謎の発言をする弘子。
「康介、泣かされたのか?」
「弘文に泣かされたっていうのを実感したらなんか笑えた」
怒る弘子に反して康介はスッキリした顔をしている。
俺に泣かされるのが好きだという趣旨の発言なら表情から分からないだけで頭の中身は卑猥なことが詰まっているんだろうか。
「俺はお前をよく泣かしているかもな」
ベッドでの話を夜が更けてきたからといって急に吹っかけてくるだろうか。
疑問はあったが聞き返すタイミングでもないので頷いておく。
「弘文は今後ドSを名乗るべきだ。そして、ハーレムは解散」
「ハーレムなんていないっ。お前はいい加減にしろよ」
「社長になってちゃんと全部確認する」
「しろしろ。社員の八割は筋肉たちだ」
「弘文が筋肉好きだなんてっ。ガチムチ男を愛人に」
「うせぇ! お前こっち来い」
どちらかといえば康介の方が軽率に浮気をしそうだ。
子供たちから変な目で見られるので康介を放置しておくと面倒くさい。
手招きした俺を無視することなく近寄ってきたと思えば人の上腕二頭筋を突いて「弘文は細マッチョ?」と言い出す。
「あ、ちょ、ヒロくん、あの人帰っちゃうけど」
「話は終わっただろ?」
何が問題なのかと弘子に聞くと「信じられない無神経さ」と言われた。
「ヒロって去るやつに雑だよね。残ってたら適当に構うだろうけど」
「ひーにゃん笑い事じゃない! さよなら、またね、バイバイぐらい言っていくものじゃないのですか?」
「大人は大体はそれじゃあ、だな」
「それじゃあ、なに? 言葉が続きそうでモヤモヤする」
「大人になるっていうのはモヤモヤを抱えることだな」
適当な受け答えを弘子にしていると康介が「馬鹿にされてるっ」と煽るようなことを言ってきた。
「弘子がせっかく納得していたのに」
「してません! ヒロくんはもっと誠意を見せて自分にできる最大限の力を示して」
「よくわからないが……、康介が社長になるから学校から家じゃなくて会社に来ていいぞ」
既婚者が増えているので社内に託児所を作ろうかという話もある。
そういうところの調整や金策は苦手なので久道の兄貴任せなところはあったが、康介の方が上手くいきそうなのは分かる。
俺への言い分は筋が通らないわけのわからないことが多いが、理詰めの話ができないわけじゃない。
法的な話や契約関係の話は康介の方が向いている。
だからこそ俺は康介に婚姻届をまず見せたのだ。
どれだけの重さがある決意表明だったとしても伝わないなら意味がない。
長い間、意味がなかったのだと気づけずにいた。
弓鷹を見て、指輪を思い出し、プロポーズについて考える。
上手くいかないものだと思いながらも「好きに使える社員たちを用意する」と弘子に約束する。
ヒナを筆頭して康介や子供たちに会いたいとうるさい社員たちは多かった。
弘子に遊ばれて通常業務に戻りたがるか使われたがるか、仕えたがるか。
「瑠璃ドンは?」
「瑠璃川は休みの日なら付き合ってくれるよな」
「え、えぇ?」
自分の名前が出ると思わなかった瑠璃川はうろたえる。
康介が「会長、また遊ぼう」と言うと反射行動のように頷いた。
瑠璃川は自分がもてあそばれるのだと分かっていてもホイホイやってくるのだろう。
「ヒロくんに何かをするとコウちゃんから苦情が来ますのでヒロくんの持ち物である野郎どもで一旦手を打ちましょう」
「社員と瑠璃川は俺の持ち物じゃないからな。弘子は何かしたかったか?」
言っていいぞと口にすると目を見開いて驚かれた。
康介に俺は浮気をしていないと言った時と同じリアクションだ。
俺はそんなに優しくない父親に見えているのか。どういうことなんだ。
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