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【冒頭抜粋】嘘を吐く日は嘘のない日?~下鴨康介の浮気~

愛の言葉を知らない二人の「海問題」のあとの「4月1日エイプリルフールネタ」です。 (海問題の2年後ぐらい?) IFの話ではありませんが、未来の話になるのでファンボックスに掲載しています。 いつか普通に掲載することがあるかもしれません。 ※執着、浮気、すれ違い、嘘、いたずら、エロ、ラブです。 ハッピーエンドの話ですが「え?」と思わせる描写は出ます。 2019年10月現在まだ完結しておりません。 PDF化に伴って加筆修正予定です。 今のところ、康介と弘文の視点を交互に掲載しています。 康介:プロローグ=エピローグ  幸せは気紛れに振る雨だ。  待ち望む人がいる一方で、厄介者あつかいされる。  とくに予定に忙殺されている人間からすると自分が想定していないタイミングでの幸せは邪魔なだけ。    そうでもなければ、オレという幸福のかたまりに溺れて押し流されているような弘文が喜ばないのはおかしい。    恵みの雨、幸福の象徴は過去の話だ。  今では気象すら人の手の中にあり、文明社会に付随する開拓開発それにともなう利権のせいで異常気象という言葉は生み出された。自然現象は忌むべきものの代名詞に陥れるのは言葉による現象の定義だ。     「浮気にムカついてただけだ」      何をもってして、浮気というのか。  浮気という言葉があるから、浮気は始まるんだろうか。  浮気じゃないことすらも浮気と定義することで浮気になる。    オレが水を司る神様なら、雨乞いで雨を降らせたら大洪水にしただろう。  どれだけの水が必要なのか、神様が分かるわけがない。  それなのに神様を責めるというなら、人のほうを水責めにしたい。    人間はいつだって勝手だ。  自分の気持ちを相手がわかると思ってる。  わかるわけがない。  たとえ、神様ですらわからない。      でも、オレは弘文の気持ちがわかる。    オレのことを好きだから苛立っている。  オレのことが大切だから焦っている。    それ以外の理由で弘文が不機嫌になることなんかない。    同年代に対しても距離を取っているのが弘文だ。  例外は久道さんを含めて付き合いの長い数人だけ。  弘文の知り合いは多いけれど、本当に距離が近い人は一握り。    他人と関わり続けるけれど、弘文は他人なんか居なくたって生きていける。  本当はどうでもいいけれど、自分は雨に濡れていいから他人に傘を渡すのだ。    雨を幸せとたとえれば、弘文は自分から幸せの中に飛び込む人間ということになって面白い。     「えへへ、素直にかわいい美人格好いいってオレを褒めればいいのに」      笑顔は強がりじゃない。  弘文相手に嘘を吐くなんて、雪が降る日に半袖を着るようなものだ。  オレはそんな馬鹿じゃない。 弘文:起承転結の転  四月一日という、なんでもない日に俺は康介を罵るか、殺すべきか、離婚するか、深く頭を悩ませていた。  これが修羅場というものなんだろう。はじめて味わうというと久道あたりに責められるだろう。けれど、今まで感じたことがない激情に支配されている。冷え冷えとした殺意は執着を軸にしている。    康介が指定したカフェに来なければ、これまでのことを水に流したいところだが、もう無理だ。  今日なんて日がなければ、幸せだったのかもしれない。  忙しくも楽しい日々を過ごしていたこれまでが、ぐちゃぐちゃに乱れている。    離婚する場合、下鴨の当主への説明や納得がむずかしいかもしれない。それは康介の弟の力を借りるしかない。引き留められたとしても、離婚を決めたなら、離れるしかない。親権が康介に持っていかれても、下鴨の当主を介して子供たちとの面会は許されるはずだ。    この場に来る前に離婚届をもらってくるべきだった。    約束の時間の十五分前に康介はやってきた。  来るということはもうそれだけで浮気だ。    顔を合わせて断りたいとか、そんな殊勝な考えの人間じゃない。康介が他人にかわいげなど見せるはずがない。興味がない相手がどれだけ寒空の下で待っていても康介は気にしない。勝手に待っていればいいという王様だ。自分を待っている時間すら楽しくて充実していると言いそうなところがある。自信があるとかないとかではなく、事実として他人から愛されたり必要とされていると康介は自身を語る。    それだけ受け取るなら自信に満ちているナルシストだが、本当に自己愛にあふれた人間とはすこし毛色が違う。自分に自信がないわけじゃない。自分の価値を軽視するわけでもない。それなのに、自分自身を大切に扱うことがない。よくわからない危うさを持ち合わせていた。昔に邪険にしつつも放っておけなかった理由の一つだ。    一緒にいる時間が長くなるほどに康介の人物像がわからなくなる。馬鹿丸出しでニヤニヤと笑っていることがあると思えば、理由なく落ち込んでどんよりとした表情になり、突如として俺に逆ギレっぽく文句を口にする。情緒不安定な危険人物だ。    そんな人間と子供を作って結婚して一緒に暮らし続ける俺は俺で変人かもしれないが、下鴨康介という人間に出会ってしまったのだから、仕方がない。        康介はテラス席の予約された場所には座らず周囲を見渡す。  探している人物はこの世にいない浮気相手だ。  俺が殺したわけじゃない。  いいや、始末したのかもしれない。    店員を捕まえて何か話すと小走りで隣にある俺がいるレストランに入ってきた。  俺は浮気現場を自分の目で見るために康介が来るはずがないと思いながら、テラス席が見える位置に座っていた。  身体を傾けて外を見ている俺は近寄りがたい雰囲気があるはずだが、康介は向かい側に当然の顔で腰を下ろした。   「あれ、弘文はコーヒーだけ? もしかして、食後?」 「ちがう」    平然と声をかけてくる康介が信じられない。なんの気後れもない。  今日の日のためなのか美容院に行って俺の知らない服を着ている。  いつもより、若干浮ついた雰囲気がある、が浮気がバレた気まずさは感じられない。  俺が思ったよりも康介は演技派なのかもしれない。   「何食べる?」    食欲がないので首を横に振ると康介が初めて不満げな顔になる。  不満なのは俺の方だと言いたいところだが、康介が机の下で俺を蹴ってくるので奥歯を噛みしめる。   「なんでそんな顔してんだよ! カフェとレストラン間違えて入ってすねてんの?」    俺がどんな顔をしているのか知らないが、康介の言い分は謎だ。  いつだって康介の感情に謎は多いが、これは理解の外側にありすぎる。  まるで俺と待ち合わせをしているような言い方をする。    浮気相手とカフェで待ち合わせた康介がレストラン側にいる俺に気づいてやってきたわけじゃないと訴えられている。   「こっち、全然見ないし」    チラリとは見るが直視できない。  殴りつけるか絞め殺すか犯し尽くすか、淡々と考えている俺がたしかにいる。  その考えを止めるために浮気者とは離婚するべきだと冷静を装った常識の声。  本当に冷静だったら浮気現場を見に来るようなことはしなかった。今の俺は冷静じゃない。異常だ。   「弘文が期間限定の苺プレートを食べさせたいってカフェに誘ったんじゃん。コーヒーしか頼まないならカフェでいいじゃん。なんで待ち合わせしてないレストラン側にいるんだよ」    レストランとカフェは同じ系列でメニュー数と内装が違う。  カフェのメニューをレストランでも注文できるが、レストランのメニューをカフェでは注文できない。  苺プレートというのは苺のデザートを何種類も一つの皿に盛りあわせたものだ。見た目が綺麗で女子に人気が出そうな食べ物。康介は興味がなさそうな食べ物につられてレストランにやってきた。食べ物に興味がないのなら、康介が興味があるのは誘ってきた相手ということになる。完全な浮気だ。    康介の中で何かが限界を超えたようでテーブルを叩いた。俺の方が叩きたい。  苛立つと目の前のものを叩くが康介自身の手が痛くなるだけで大きな音がするわけでも俺が痛くなるわけでもない。  子供の癇癪だ。康介は何も考えずに何かを叩く。周囲の視線など気にしない。昔からそうだ。   「暴れるな、馬鹿」    康介の手首をつかむと冷たくなっていた。  手を握っていると「変な格好してると思ったから、弘文はつめたかった?」と弱々しい声を出す。  男女関係なく保護欲をあおられるだろう、弱気な態度だが俺は折れたりしない。浮気を仕方がないと受け入れる人間と俺は根本的に合わない。   「浮気にムカついてただけだ」    だけ、なんていう表現ではおさまりきらないことだが、言わずにはいられなかった。  何も触れずに今日は解散と店から出るべきだが、それもできない。  間男に負けた悔しさではなく、康介に対しての憎しみのような感情が毎秒で増え続けている。   「浮気? 浮気って、え? 服のこと? これはオレが自分で選んで買ったんだけど」    目を見開いた康介は少ししてから「弘文が買いそうというか好きそうなやつじゃん」と口にして笑う。嬉しそうなはにかみはいつだって俺に向けられていたものだ。   「似合いすぎて誰に見繕ってもらったんだって思っちゃった? 弘文ってそういうのでも、すねるよね」    先程まで気落ちして涙の一粒でも流れ落ちそうだった雰囲気が一転した。鼻歌でも歌いだしそうなほど明るいものになる。康介の周囲が無駄に光り輝いているように見える。喜怒哀楽の入れ替わりが激しい。康介の表情筋は仕事をし過ぎだ。   「えへへ、素直にかわいい美人格好いいってオレを褒めればいいのに」  嬉しそうに笑う康介が憎たらしくて頭を思い切り握る。  じゃれている感覚なのか「うへへ」とにやけた笑いを止めることがない。  いつもなら痛い痛いとうるさいのだが、今は笑うだけだ。   康介:一  そのメッセージが来たのは花見で他人の家に泊まるという最悪なイベントの初日だ。  子供たちをまとめて弘文がお風呂に連れて行くから、オレは一人で後から風呂に入れという嫌がらせ。  冬式文彦という家族外にオレの裸体を見せたくないという弘文の気持ちは分かるので、あとで弘文に汗をかかせて一緒に入る計画を立てた。    だが、最低なことに弘文は略奪されていた。もう一度お風呂に入ろうと弘文に働きかける隙間がない。子供の圧というのをオレは初めて脅威に思った。弘文は子供に好かれる匂いでも発しているんだろうか。弘文を中心にしてどうでもいいことで盛り上がっている。    屈辱の一人風呂は広くてよかったが、物足りなさが強い。    風呂上りのオレは、入浴前と同じくヒマで、ほとんど見ない電子機器を思わずいじるほどだ。  懸賞金に当選、お友達になりましょう、セフレ募集、キスフレになって、となんだか、首をかしげたくなるほどメッセージが届いている。基本的に弘文としかやりとりをしないので、イタズラや広告などはオレに届かない。    鈴之介と弓鷹と今後は頻繁にやりとりすることになるので、メール技術のようなものを鍛えたい。お友達になりましょうという出だしのメッセージは、女子高生らしい。頭悪そうな言葉を駆使しているが、文章の内容が読み取れたので本当に頭が悪いわけじゃない。というよりも、差出人は弘文だろう。直感的にそう思った。  他にも来ていたメッセージも全部が、弘文っぽい。どこかの広告の文章を叩き台にしたんだろうが、アレンジを利かせている。    確実に弘文が関係なさそうな一つ以外に返信をする。    文章を打つ技術の向上とオレのひまつぶしのために弘文が気を利かせたのだと思うと、なんだこれはと思っても無視なんてしない。するわけない。    弘文が何をしようとしているのかは分からない。  でも、夫がすることには乗ってやるのが妻だろう。  深弘にちゃんと髪の毛を乾かすようにとタオルを渡され、ドライヤーのあるところに案内されながら、弘文の考えを想像する。    ここが大根足もとい冬式本家が所有する別荘の一つなので、謎のルールやゲームがあるのかもしれない。  もし、オレが弘文とその他の人間を文章だけで判断できるかどうか実験しているのなら、バカバカしい。実験するまでもなくオレは弘文を見抜く。    弘文の筆跡でオレを呼び出す手紙なんて中学でも高校でも覚えきれないほどにもらった。  オレを手紙で呼び出す前に弘文ならオレの手を引っ張っていくのだと知らないバカの犯行だ。  思い返すとオレは弘文に手紙を書いて欲しいとおねだりしたことがあるかもしれない。  一緒に居すぎて手紙を出し合うことがない。    子供たちにはそれぞれバースデ―カードを贈っているのにオレにはない。  クリスマスカードは貰ったけれど、印字されていた。弘文が直筆でオレの名前を書けばいいのに印字。  いくらでも複製が作れそうなカードはよくない。  弘文からの一言があるわけでもないので、貰ってもイラっとする。    そういうことがあったので、わざわざ弘文はメッセージをくれたのかもしれない。  ときどき弘文は時間差でオレの願いを叶えてくれる。   どういう勘違いが二人の間で起こるのか、この段階で分かりそうな感じですね。 ラブラブハッピーエンドです。 (まだ未完結ですが)

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