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番外:下鴨家の人々「社内の噂話:マッサージその後3」

   子供部屋で家族みんなで眠ることも多いが、子供たちを寝かしつけた後に三十分程度テレビを見たり、夜中に散歩をしに行くこともある。    その日は康介がソファに座る俺にへばりついていたこともあり、夫婦としての寝室で眠ることにした。  完全に寝ぼけた状態の康介は俺に身体中をこすり付ける。  猫が匂いをつけようとしているみたいだと笑うと「にゃあ、弘文はオレのテリトリー」と言われた。実は起きてるんだろうか。   「お前、ちょっと体重減ったか」 「へってにゃい」 「腰細い」 「運動したから?」  外に出るというだけで確かに運動だが効果が出すぎだ。   「会社の近くに洋菓子屋があるだろ」 「うにゅう」 「起きてる時にまた言うけど、深弘と一緒にあそこでおやつ買って食べてろよ」 「ひにょー」 「了解ってことか」 「ひろふみは? いっしょ?」    俺の肩口に頭を寄せて「いっしょに、いく」と言ってくるのは少しかわいい。  否定すると駄々をこねて完全に目覚める気がするので頭を撫でながら「寝ろ」と告げる。  舌足らずに「いっしょに食べよ」とねだってくる康介を無視すると後が面倒なので「あの辺で仕事がある時にな」と返す。それだけだと不満を漏らしそうなので「俺が食べるまでにどれがオススメか食べ比べしとけ」と口にすれば「任せろ」とハッキリとした答え。    酒に酔っている時とは違ってきっと夢うつつでも俺の言葉を康介は覚えているんだろう。  それは、不思議と確信できた。      翌日、昼休みとは別に十五時前後に休憩を取らせるようにすると心持ち元気な康介と深弘が見られた。  やっぱり康介も深弘も他人がいる空間がストレスになっていたらしい。  静かな公園でケーキを食べて気持ちがリフレッシュするなら、仕事の効率は逆に上がるだろう。  元から康介が働きすぎて事務職や現場が悲鳴をあげているので、適度に休憩は必要だ。  社員が切羽詰まった形で仕事をしているのは、自分の作業が遅れることで康介が社長室から出てくることを恐れているのかもしれない。      夕方に廊下を歩いていたらしい康介が「弘文っ!」と声を上げてきた。  多目的室として一般の社員に開放していた一室がいつの間にかすごいことになっていると俺も遠い目をしていたところだ。ちょうど誰かと話したかった。 「やっぱり、弘文が浮気して! うん!?」 「これが浮気に見えるか?」  以前のマッサージの話が未だに継続しているらしい。  俺の話題に関して康介は忘れることがなさすぎる。 「弘文が入って行った部屋から聞こえたヤバイ声から浮気だと予想したわけなんだけど」  語尾が徐々に小さくなって「けど」はほぼ聞こえなくなっていた。  これを浮気と言い出す神経が分からない。 「これが浮気に見えるか?」 「……オレが弘文の後をつけたのを察知して、アリバイ工作?」 「本気で思ってんのか、それ」 「違います」 「とりあえず、うるさいから扉を閉めろ」  康介は部屋の中を見回して眉を下げる。  久しぶりに見る申し訳なさそうな態度だ。  ちょっとかわいいが、ここで甘い顔をすると調子に乗るので許さない。 「えっと、犯人は弘子で、弘文は冤罪だった?」 「まずは?」 「う、疑ってごめんなさい? うん、弘文がオレのこと好きなのは知ってる!!」 「うるせぇ、あほっ」  軽く康介の頭を叩くと「だってさぁ」と不満そうな顔になる。  汗臭い男たちが嫌なのか康介が俺にべったりとはりついた。 「この、アに濁点つけて喘いでる男たちは脳が改造された筋肉戦士?」  変な言い回しだが、この場合そこまでズレた意見でもない。  弘子が自分の世話役としてついてくれた社員たちと何かをしたいと画策しているのは知っていた。 「思わず筋トレで声が出るってのはあるが、ビックリするほど激しいな。それを求めたのが弘子なら……なんつーか」  社員の私物化か社員の人生を左右する行動をしすぎだと親として弘子と話をするべきかもしれないが、社員たちは喜んでトレーニングに励んでいる。弘子の写真をポスターにして壁に貼っているのは、どうかしているが「こちらからのお触りは厳禁。踏まれたときはありがとうございます」と謎の標語が掲げられているので、踏み込んでいいべきか迷う。 「色気ゼロだけどアーアー喘いでるかな? 野太い声がうるさい」  噂の出所に納得した康介は「弘文もやるの」と聞いてきた。  俺も筋トレはするが、こんな形ではやらない。 「短期間で効率よくやろうとするとこうなるんだろうな」    適当な答えに康介は意外と真面目な顔をした。 「ただの腹筋よりも輪っかをぐるぐるさせるのは筋肉が育つんだ?」 「結構なもんだよ」  負荷という意味では相当だが、素人はそもそも続かない。  続ければ誰でも筋肉ボディだとしても、続かないからこそいろいろな筋トレグッズが流行っては廃れる。 「スパークリングの際にアンアン言ってる。野太い声で」 「スパーリングな。スパークリングはワインとかだ」  部屋の一角で軽くボクシングの打ち合いをしている二人がいる。  本当は危ないので、こんなところでするものじゃないがスパーリングというよりもじゃれ合いなんだろう。  やっているメンバーからすると俺と康介に注目されたかったのかもしれない。 「弘文もやってあげたことがある? なら、噂の出所はそこか……」 「野太い声が響く原因はそこだろうな」  たしかにこの部屋ではないところでスパーリングに付き合ってやったことはある。  野太い声なら原因はそこだろうが、甲高く艶めかしい声なら犯人はお前だと言いたい。  言ったが最後、会社に来れないとひきこもるのか、浮気はなかったと完全に理解するのか、あるいは次から声が絶対に漏れないように頑張るのか。    康介は想像を超えてくるので、あえて俺は何も言わないで泳がせることにした。  いつか事実に気づいてなんらかのリアクションを取るだろう。 ------------------------------------------------------------------------- 補足 作中で話題に出た輪っかぐるぐるは「バーンマシン」ってやつです。 ニュアンス分かりにくいかもしれませんが筋トレ中に思わず「ア、ア゛ア゛ア゛ア゛」って声出てる野郎が部屋に密集している地獄を弘子が作ったよっていう。 (詳細は別の話)

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